自分の意思で選び、つかんでいく。“次の次”を見据えた中長期キャリア戦略

終身雇用をはじめとした日本型雇用モデルが崩壊した現在。多くのビジネスパーソンにとって、キャリアは「組織に委ねるもの」から「自ら構築するもの」へと変化した。われわれは“理想のキャリア“をどのように描くべきなのか? “企業変革請負人”として「事業と個人の成長」をつなげることにフォーカスし、数多くのエクセレントカンパニーを支援してきたエッグフォワード代表の徳谷智史氏に、これからのビジネスパーソンに必須となる「キャリア戦略の視点」について聞いた。

キャリアの「会社任せ」は最大のリスクになった

徳谷智史 エッグフォワード代表取締役
企業変革請負人。京都大学卒業後、大手戦略コンサルティング会社入社。国内PJリーダーを経験後、アジアオフィスを立上げ·同代表に就任。その後、「人が本来持つ可能性を実現し合う世界を創る」ことを目指し、エッグフォワードを設立。総合商社、メガバンク、戦略コンサル、リクルートグループなど、業界トップ企業数百社に人財·組織開発やマネジメント強化のコンサルティング·研修などを幅広く手がけ、New Excellent Company創造に寄与。2万人以上のキャリア支援にも従事する。NewsPicks NewSchoolプロフェッサー。

──「転職前提時代」に突入し、日本人のキャリア観がルールチェンジしはじめています。徳谷さんは、雇用市場の現状をどう捉えていますか?

終身雇用が幻想になったいま、自らのキャリアの行き先を組織に委ねること、つまり「どのように働きたいか」を他人任せにすることは、ビジネスパーソンにとって“最大のリスク”になったと言えます。

これからの時代は、個人がオーナーシップを持って自分自身の未来を描き、“次の次”を見据えてキャリアを構築してくことが不可欠になったのです。

とはいえ、新卒一括採用に象徴される従来からの社会構造は、そう簡単には変わりません。まだまだ会社の人事制度に沿って採用され、配属され、処遇が決まってしまう。

そんななかで、多くのビジネスパーソンにとって「キャリア戦略を立てる」という発想を持つことさえ容易ではないのが実情です。

事実、若いビジネスパーソンの多くが、どんなキャリアを選びとるべきかの判断軸を持たずに飛び込んだ就職先で、貴重な時期を浪費してしまっています。

中長期視点で自分自身のキャリア全体を俯瞰したときに、その場所で働き続けることが「自らの可能性を棄損している」状態にもかかわらず、それに気づかずにいるケースが極めて多いのです。

「何のために働くか」を“決めること”が大切

──「中長期視点」とは、10~20年後の理想的なキャリアをイメージするということでしょうか。

徳谷:まず大前提として、誰にとっても「理想のキャリア」という画一的な答えや正解はありません。

なので、「有名な大企業で年収2千万以上」とか「起業してアーリーリタイヤして悠々自適」みたいなイメージをいくら考えても、それはキャリア観とは言えないんですね。

逆にいえば、仕事を通じて何を成したいのか、どんな働き方ができれば幸せなのかは、人によって異なります。

だからこそ、自分にとっての「理想的なキャリア」は、自分自身で定義していく必要があるんです。

──その定義がハッキリしない場合はどうすればいいでしょう?

最初の一歩は、仕事を通じて「自分が何を実現したいのか」「世の中で何を成し遂げたいか」を、仮でもいいので一旦決めてみることです。

つまり、「どんなテーマで働きたいのか」を考えること。

それが難しい場合は、少し視野を広げて「自分は何が好きなのか」「何に夢中になれるのか」を掘り下げることから始めてもいいでしょう。

また仕事をしてきたなかで、どんなときに充実感や達成感を得られたか、どんなことなら夢中になれたか、といった実感値も手がかりになるはずです。

──まず、登りたい山を決めるということでしょうか。

徳谷:そうですね。そうして仮にでも目標が定まると、現在地から理想に届くまでの“差分”が見えてきます。

その差分を埋めるためには、どんな経験を積み、どんなスキルや能力を高めればいいのか、道筋を具体的に考えられるようになる。

中期目標があるからこそ、逆算でゴールまでのタスクを積み上げられるようになるわけです。

そうして山頂に近づいてくると、また別の景色が見えてきます。さまざまな出会いや経験をきっかけに、自分の興味や関心も変わっていくかもしれません。

なので、「中長期視点を持つ」といっても固定的なゴールを決める必要はありません。

登山に例えるならば、登った高さによって見える景色が変わります。高いところからは、より遠くが見えます。

見える世界が広がったなら、その都度、次に登るルートを考え続けていけばいいのです。

理想のベクトルを“外”に向けると世界が変わる

──とはいえ、キャリアに悩む人の多くが「やりたいことがない」ことに困っています。

そうですね。「やりたいことが見つからない」という時期は、「できること」を増やすのも一つの手です。

できることが増えないうちは、自分に何が実現できるかも見えてきません。その場合は、自分の選択肢を広げられるように、市場価値をあげておくことは有効です。

「いまは修行の時期」と捉えて、目標を定めてスキルを伸ばす時間は、決して無駄にはならないはずです。ただし、その場合でも期間は決めておくべきでしょう。

そしてもう一つ、自分が実現したいことを考える際に、心に留めておいてほしいことがあります。それは「ベクトルを外側(社会)に向ける」こと。

「収入を上げたい」「ステータスを得たい」のように、目標のベクトルを自分だけに向けていると、結局その先に「何を成し遂げたいか」が浮かばないケースが多いんです。

また、「ベクトルが内側に向いている人」に、人はついてきませんから、成し遂げたいことがあっても周囲からの協力を得られません。

ベクトルを自分の外側に向けることで、より多くの刺激を受け、実現したい世界が広がっていくはずです。

格好よく言えば、「社会課題に目を向ける」とも言えますが、最初はほんの些細なきっかけでもいいんです。「こういう人を助けたい」「こういう環境があればもっといいのに」という気持ちが生まれたら、素直に行動したり発信したりするうちに、仲間が増え、実現したい世界が見えてくるのだと思います。

キャリアの“谷”を経験する覚悟はあるか?

──とはいえ転職となると、場合によっては収入が落ちたり、ライフスタイルが激変したりなど、現実の厳しさに直面するリスクもあります。

そうですね、大企業に勤めている人が何の保証もないベンチャーに飛び込んだり、異業種・別職種にキャリアチェンジするような場合は、躊躇するのは当然だと思います。

しかし、中長期視点で見たときに、それが必ずしも合理的とはいえない場合は少なくありません。

これは企業の財務諸表である「B/S(賃借対照表)」と「P/L(損益計算書)」にあてはめて考えるとわかりやすいです。

P/Lとは、企業が1年間でどれだけの利益をあげたかを報告する損益計算書のことです。

B/Sは会社が持っている現金や土地・建物などの資産や借金をまとめ、財政状態を把握する貸借対照表のことです。

比較すると、企業の価値を業績という短期的な“点”で捉えるのが「P/L視点」。総資産という中長期的な“線”で捉えるのが「B/S視点」といえるでしょう。

経営にはどちらの視点も大切ですが、成長志向の企業にとっては「B/S視点」がとても重要になります。

たとえばベンチャーがP/L視点を重視しすぎて、“今期を赤字にしないこと”だけを目標に経営を続けていても、飛躍的な成長はできません。

いわゆる投資フェーズにおいては、短期的なリスクを抱えても、中長期の成長計画を描いてリソースを投入した企業だけが、事業を伸ばすことができるのです。

個人のキャリアにおいても、このように「キャリアを線で捉える視点」がとても重要です。

たとえ瞬間的に年収が下がったとしても、中長期的に考えたときに、その仕事をすることで自らの市場価値があがるのであれば、チャレンジすべきです。私はこの非連続な飛躍を「Creative Jump」と呼んでいますが、この思想が大切になる。

逆に言うと、「いまの職場に留まること」が中長期的に自分の市場価値を高めることにつながるか。

その見極めがもっとも重要で、確信が持てないのであれば、動くべきでしょう。

自分の”市場価値”を客観視すること

──「いまの職場で成果を出せなければ、他に行っても通用しない」など、現状維持の圧力も多くあります。

はい、その気持ちは私にもよくわかります。ただ、目先のことに捉われて“次の次”を見ていなかったばかりに、結果的に中長期的なキャリア戦略に失敗してしまっているケースもあると思うんです。

たとえば20代・30代を、言われたことをきっちりやり遂げる人が評価される業界で過ごした人が、40代で急に創造的な仕事に就こうとしても「適性がない」と判断されてしまいます。

給与水準が高い業界にいて、市場価値以上の年収をもらっている人も同様に、中長期で見ると、価値以上の待遇を好んで出す組織はありませんので、選択肢は厳しくなってきます。

これからの労働市場では、一つの会社で同じ仕事をずっとやり続けていた人は、良い・悪いに関わらず、その先の選択肢が少なくなってしまうのが現実です。

人生100年時代といわれ、もはやどの年代でも「逃げ切り戦略」は通用しない。だからこそ早いタイミングで“次の次”を見据え、柔軟に動いていくことが大切になってきています。

──現状の組織で漫然と仕事をし続けている人は、時間が経つほどリスクが高まる。

「リスクの高い職場」の見分け方は、それほど難しくありません。簡単にいえば、組織のなかの人たちが、自分たちの価値を客観視できているかどうか。この一点に尽きます。

自分の仕事がどんな価値を生んでいるか? 自分の市場価値を自覚できているか?

上司や先輩などに話を聞いて、市場価値に自覚的な人が周囲にいないのであれば、その組織は危険な状況といえるでしょう。

「市場価値を客観視できる」というのは大切で、定量で把握できなくても、せめて認知しようとすることが重要です。

たとえば“エア転職”でもいいんです。転職の意思がなくても、「いま自分はどのくらい市場で必要とされているのか」をチェックするために、エージェントに話を聞いてみる。転職サービスを利用してみる。

あるいは副業をしたり、休日にプロボノ的な活動をしたりなど、外に出て自分の力を試す機会を意図的につくっていくのもいいと思います。

「The 3rd Door」は自分自身の意思で選びとれ

──実際に自分自身でキャリアを描いていくうえで、どんな意識が大切になりますか。

徳谷:判断軸を他人に委ねないことです。

当たり前のことのように思えますが、実は、転職先でさえ判断軸を他人に委ねてしまう人が意外なほど多いのです。

転職サービスに登録して、エージェントから2~3社紹介され、「この会社なら年収もあがりますよ」と言われたから、「まぁ、ここでいいか」と決めてしまう。

あるいはスタートアップブームに乗って、自分自身にフィットする会社なのかを確認せずに転職し、早期退職してしまうケースもあります。

いずれもキャリアの判断軸を、世間や他者に委ねてしまっている。失敗しても、誰も責任をとってくれません。

では、どんな判断軸を持てばいいのか。まずは先ほどお話した「どんなことを実現したいのか」という視点が大事になります。

企業が掲げるミッション・ビジョン・バリューに共感できるか、カルチャーや価値基準がフィットするかはとても重要な指標です。

次に中長期的に見て「どんな機会を得たいか」という判断軸も大切です。

転職に限らずですが、自分自身を成長させるためには、よりよい機会をどう使っていくかという発想が大事になります。動くことで、どんな機会を得られるか。

「より裁量の大きい仕事を経験したい」とか、「新しいスキルや業界知見を積みたい」といった目標に合致する機会が得られるなら、それは正しい挑戦になるはずです。

最後に、「どんな人と働きたいか」で判断するというのも一つの基準です。

同じ組織にいると、考え方や仕事への姿勢が似てきたり、影響し合ったりします。なので、「この人たちと一緒に働きたいか」という視点で企業や仕事を選ぶことも有効でしょう。

いずれにしても、大切なのは自分が主体となって選ぶ、ということ。

「The 3rd Door」は、待っていれば誰かがドアを開けてくれるもの、ではもちろんありません。どのドアを開けるか、自分で選びとるものです。

極論を言えば、自分の意思で選び取ったドアに失敗はないと思います。

ドアを開けてみて、違ったなと思えば、また別のドアをあければいい。意思を持って選んでいれば、そこには意味とストーリーが生まれます。

中長期的なキャリア戦略とは、自分の人生を主体的に意思決定していくことと同義なのです。

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編集:呉琢磨
執筆:猪俣奈央子
撮影:小池大介