起業でもアトツギでもない、「サーチファンド」という新たな経営者キャリアへの道
THE 3RD INSIGHT
キャリアの到達点として「経営者」を目指す人は少なくないが、どれだけ優秀でも、誰もがゼロイチの起業に向いているわけではない。そこで、個人が投資家の支援を受けながらM&Aによって経営者になる「サーチファンド」という新しいキャリアの道が生まれている。「日本に経営人材を増やす」を掲げ、日本のサーチファンドの第一人者として、サーチファンド投資事業を立ち上げた伊藤公健氏に話を聞いた。
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伊藤公健 サーチファンド・ジャパン代表取締役 マッキンゼー、ベインキャピタルを経て、日本初のサーチファンド活動を行う。株式会社ヨギーほか、中小企業への投資・支援多数。2020年にサーチファンド・ジャパンを設立し、代表に就任。
個人が中小企業をM&Aし、経営者になる仕組み
──経営者を生む新たなスキームとして「サーチファンド」投資事業を立ち上げたとか。どんな仕組みなのでしょうか。
そもそもオリジナルの「サーチファンド」という仕組みは、1984年にアメリカのスタンフォード・ビジネススクールで開発されました。
ビジネススクールには優秀な人材が集っているわけですが、誰もがゼロイチの起業に向いているわけではなく、「経営者になりたいけれど、良いビジネスアイデアがない」と悩んでいる学生も多くいるわけです。
そこで生まれたのがサーチファンドです。簡単に言えば、経営者になりたい個人が“投資家の支援を受けながら”成長可能性のある中小企業を探し、M&Aを実現して経営者としてのキャリアを歩むというもの。
M&Aを個人で実行することは簡単ではありません。対象となる良い企業を見つけるには時間もコストもかかりますし、見つけたとしても規模の大きい企業ほど買収額も高くなります。もちろん専門的な知識も必要です。
このように個人だけのアプローチでは実現のハードルが高いM&Aを、投資家の力を借りて実現しようというのがサーチファンドの仕組みなのです。
【サーチファンド・ジャパンのSTEP】
一般的な仕組みでは、まず投資先の企業を探すための“2年分の活動資金”を投資家から募り、投資先が見つかったら再び投資家にプレゼンして“M&A資金”を調達するという仕組みになっています。
経営者候補はサーチャーと呼ばれ、経営者になれる新しいキャリアとして世界中で広まっています。
──サーチファンド・ジャパンも同様の仕組みなのでしょうか?
オリジナルの考え方をベースに、より日本向けにアレンジしています。
オリジナルのサーチファンドは、企業のサーチから投資家へのプレゼン、資金調達、M&Aの実施などをすべてサーチャー自身で実行する必要があり、それができる人は多くありません。
そこでサーチファンド・ジャパンでは、投資候補の企業情報の提供や、M&Aのノウハウ支援、金融機関とのネットワーキング、さらにはM&A後の経営支援など、資金提供以外の面でもサーチャーのパートナーとして支援することが特徴です。
僕らはこの仕組みを広めることで「日本に経営人材を増やすこと」を目指しています。
ファンド設立から1年で300名の応募
──サーチファンド・ジャパンのビジネスモデルについても教えて下さい。
リスクテイクの度合いは異なりますが、スタートアップの起業家に投資するベンチャーキャピタルや、企業をM&AするPEファンドに近いビジネスモデルと考えてください。
我々は、投資家から資金をお預かりし、サーチャーに投資を行うファンドを運用しています。その投資先がサーチャーの活動資金であり、M&A資金となります。
実際にM&Aが実現したら、サーチャーには5年間を目安に、経営者として事業に集中してもらいます。
その期間に企業価値を向上させたら、次の成長を狙うパートナーに事業を譲渡するか、MBOするかを選択してもらい、我々はそこで投資資金を回収するというスキームです。大きな成長が実現できた場合は、上場もあり得るかもしれません。
M&A対象となる企業は、日本全国のいわゆる中堅・中小企業です。売上規模でいえば5億円から20億円がターゲットゾーンなので、地域によってはかなり存在感のある会社だと言えますね。
──サーチャーになるために必要な条件を教えてください。
サーチャーは我々の投資先であり、対等に伴走するパートナーでもあります。
投資候補企業の良し悪しや、経営戦略の良し悪しはもちろん重要ですが、それよりもサーチャーの人間性をとにかく最重視しています。
我々が見ているポイントは大きく3つあります。
1つ目は「オーナーシップ」です。具体的には成果を追求するために汗をかけるかどうか。東京の大企業に比べれば、地方の中小企業はリソースが少なく、秘書だっていないのが当たり前。そういった環境で、オーナーシップをもって自ら行動できるか。
細かい分析や事務作業、オフィスの掃除に至るまで、必要なことに社長自らが気づき、率先して汗をかけることが重要です。
2つ目は「対人スキル」です。投資先の既存社員や地域のステークホルダーたちと粘り強くコミュニケーションをとれるかどうか。外様社長が「これが東京では普通のやり方だ」と自分の常識を押し付けても、組織はうまく回りません。
自分とは異なるバックグラウンド、考え方、歴史を持つ組織のリーダーとして、必要な打ち手を実行していくためには、地域や個社の特性や慣習を理解した上でのコミュニケーションが極めて大切になります。
最後の3つ目は「経営に関する体系的な理解があること」、つまり財務・戦略・組織などの基礎的な知識ですね。経営には必須のスキルです。ただし、これは後からでも十分身に付きます。なので、実際には2つ目までが特に重要な要素だと考えています。
これらを備えた上で、社会人経験が10年程度あり、事業会社での泥くさい実務経験を持つ人がサーチャーとして理想的な人材です。
念のためひとつ付け加えると、「誠実な」人間であることも、伴走するパートナーとしては外せない条件ですね。
サーチ活動の実態や相性の見極めは慎重に
──実際、どれくらい応募が来ていますか?
ファンドを立ち上げてから約1年の間におよそ300人から応募があり、そのなかから現時点で約10名をサーチャーとして選出しています。
10名の中には大学中退の方もいれば、事業に失敗した経験のある人もいます。年齢的にも28歳から55歳まで色んな方がいます。
──いわゆるハイキャリア層の人だけではない。
そうです。なかにはコンサル出身の方や、有名企業の役員経験者、業界トップの事業会社を創業した経験のある方など、ハイキャリアといわれる経歴の方も多くいます。
でも、特定のハイキャリア層だけを求めているわけではありません。サーチャーに必要なのは、難しい戦略を立てられることでも、最先端の技術に精通していることでもなく、「逃げずに最後までやり切れる」ことです。
前述の条件に叶う人間性を持っている人であれば、経歴を問わず出会いたいと思っています。
──ただ、1〜2年間という期間内で、必ずM&Aが実現できる保証はないわけですよね。
その通りで、いきなり会社を辞めてサーチ活動にフルコミットするのはリスクが高いといえます。また、我々としてもサーチャーへの投資を決定するのはリスクを伴う判断です。
実際にどんな会社がM&A候補として出てくるか、どんな成長プランを建てられるか、自分の強みがオーナーのお眼鏡に叶うのかなど、実際にサーチ活動を始めてみないと、最後までやり切れるかどうかは判断しづらいですよね。
そのため、原則として最初は助走期間を設けて、週末や平日の夜にできる範囲で活動を進めてもらいサーチ活動の実態を理解してもらう。同時に、我々としてもサーチャーの強みや性格を理解し、またサーチャーにも私や当社チームとの相性を見極めてもらう、というプロセスを踏んでいます。
これによって、本当にM&Aができるのか、互いによい関係性を作れるのかを見極めてから本格的なスタートを切ることができます。お互いに理解不足のまま後戻りができない決断をして、「思ったのと違う」ということが起きると不幸だと思いますので。
日本のサーチャー第一号として実績を作る
──そもそも、伊藤さんはなぜサーチファンド・ジャパンを立ち上げたのでしょうか。
きっかけは、前職で大企業向けのファンドに携わるうちに、地域の中小企業の可能性がスポイルされていることに問題意識をもち、「中小企業向けPEファンドをやりたい」と考えるようになったことです。
ただ、投資家をまわって話をしても、会社の看板を外した“僕個人”には何の実績もないと判断されてしまい、実現が難しかったんです。
そんなときに知ったのがアメリカのサーチファンドの仕組みでした。2014年当時は「サーチファンド」とカタカナで検索してもまったく情報が出てこなかった。
なんとか情報を集めた結果、経営実績のない人でもM&Aで中小企業の経営にチャレンジできる仕組みだと知り、日本にも取り入れたいと考えました。
そこで、サーチファンドという仕組みを携えて再び投資家を回りながら、並行してM&Aの案件探しをしていたところ、たまたま投資企業の候補としてヨガスタジオチェーン企業を紹介いただいたんです。
結果的にその企業をM&Aし、経営に携わることになりました。つまり、僕自身がサーチャーとして活動したことになります。
──ご自身が日本のサーチャー第一号になった。
そうとも言えますね。
初めて中小企業の社長になったので、いろんな苦労や失敗はありました。気をつけていたつもりでも専門的な言葉を使ってしまったり、頭ではわかっているつもりでも配慮が足りなかったり。
社員や役員からさまざまな反応をもらいハッとしたんです。自分の当たり前はみんなの当たり前ではない。こうした気づきは僕の財産になりました。
──その後、サーチファンド・ジャパンを立ち上げた。
ヨガスタジオの経営を始めて数年経った頃、ようやく日本でもサーチファンドの存在が徐々に知られるようになり、「サーチャーに挑戦したいので話を聞きたい」という人も現れるようになってきました。
とはいえ、実際にサーチャー個人に投資する投資家がいないと、日本でこの仕組みは広まりません。サーチャーをやりたい人が現れても資金集めに苦労するはず。
ならば僕自身がその役割を担おうと考え、仲間を集めてサーチファンド・ジャパンを立ち上げました。
経営人材を輩出し、地方再生や中小企業再生につなげる
──サーチファンド・ジャパンが目指すビジョンとは?
「リーダーが足りない」と言われ続けている日本に、経営人材を増やしたいと考えています。
経営者を増やすには、トレーニングや擬似的な体験では限界があり、実際に経営を経験する人を増やす以外に方法はありません。その舞台や環境を用意することで、経営人材を輩出し続けたい。
結果的に、それが地方再生や中小企業再生、また日本の競争力の強化につながると思っています。
──サーチファンドを通じて、地方に経営人材を送り込むことができる。
その通りです。最近、大都市圏の人材を地方に誘致する動きが生まれていますが、地方の中小企業が「部長待遇で来てほしい」と誘っても、東京の大企業で活躍している人に移住してまで転職しようと思わせるのは、条件面で厳しいでしょう。
ですが、経営者、しかもファンドと共同とはいえオーナー経営者として行くなら話は変わりますよね。
しかも、サーチャーは会社を成長させた暁には大きなストックオプションを得られる仕組みにしているので、経済的なインセンティブとしてもメリットが大きい。
我々が投資回収する際にサーチャー自身は経営者として残っても退任しても、MBOをしてもいいので、サーチファンドでの経営を経て、いろんな道に進んでほしいと思っています。
──経営者の次のキャリアまで見込める。
そうです。僕らはこれから2号ファンド、3号ファンドと拡大しながら日本に経営人材を増やしていきますし、それ以外にもいろんな可能性を模索したいと思っています。
例えば、大企業が社内ベンチャー制度のようにサーチファンド制度を作り始めたら、もっと可能性は広がると思うんです。
大企業が社内でサーチャーを募集して、選出されたサーチャーは自ら地方の中小企業を探し、大企業の資金でM&Aをする。そして、経営者としてのキャリアを数年間歩む。
数年後、大企業に戻ったとしたら、その人は確実に高いパフォーマンスを発揮しますし、そのまま経営者として残っても、大企業と連携しながら新しい価値を創出できるでしょう。
大企業のそんな動きのお手伝いもしていきたいと思っています。
30年前は珍しかった転職が今は当たり前になったように、15年前はほとんどいなかった起業家が今は社会的地位を得ているように、10年後はサーチファンドや個人M&Aも新しいキャリアの一つとして認知されるようになるはず。
ステータスのある新しいキャリアとして、広めていきたいと思っています。
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構成:田村朋美
撮影:岡村大輔
取材・編集:呉琢磨