【濱松誠】大企業のイチ若手社員は、なぜ組織の火付け役になったのか?

大企業55社、若手中堅社員3000人が集う実践コミュニティ「ONE JAPAN」の共同発起人・共同代表を務める濱松誠氏。パナソニックのイチ若手社員だった濱松氏はなぜ、大企業変革の旗振り役になったのか。本記事では濱松氏のキャリアを振り返りながら、それを形成するに至った「9」のファクターをビジネスモデルキャンバス、ならぬキャリアモデルキャンバスで解き明かす。

濱松誠
1982年京都生まれ。2006年パナソニックに入社。海外営業、人事、(パナソニック初となる)ベンチャー企業出向、新規事業を担当。本業の傍ら、2012年、個人・組織の活性化と共創をねらいとした有志の会「One Panasonic」を立ち上げる。2016年NTTやトヨタなど、20-30代の同じ課題意識を持つ者たちを集め、「ONE JAPAN」を設立、代表に就任。2018年パナソニックを退職。現在は、ONE JAPANの活動に加えて、企業のコミュニティ支援・伴走を行う。

大企業の挑戦に火を灯す

もともと私がパナソニック在籍時に、縦割りの部署や役職を越えた企業内のコミュニティとして始めた「One Panasonic」。

同じように企業内で有志団体を立ち上げNTT東日本に在籍していた山本将裕、富士ゼロックスに在籍していた大川陽介と合流し、2016年に「ONE JAPAN」が誕生しました。

閉塞感のある日本の大企業を、志のある若手中堅社員が企業の垣根を越えて集い、学び、行動・挑戦することで、活性化させて、共創を生み出す。私はその中で、共同発起人・共同代表として、コミュニティに火を灯し続ける役割を担ってきたように思います。

もともと私は幼少期から目立ちたがり屋で、何か面白いことを企んでは周囲を巻き込んでいくようなタイプ。単にお調子者とも言えますが(笑)。

しかし、新卒でパナソニックに入社した当初は大企業を変えたいとか、社会を変えたいとか、そんな大それたことを考えてはいませんでした。

私が就職活動をしていた時期は、ちょうど日本でもベンチャーが盛り上がりはじめた時期。でも、当時急成長していたサイバーエージェントなどの企業のことも「なんか伸びているらしいね」といった程度で。枠から極端にはみ出て何かをしようとすることはありませんでした。

かっこ良く言えば、「守破離」。当時の自分はまずは型を学んで、その枠の中で工夫してやっていこうというタイプだったためか、新卒の就職活動では、ほぼ大企業しか視野に入れていませんでした。

大学に在籍時、1年間アメリカに留学をしていた時期がありました。そこで改めて自分が日本人であるという意識が強くなり、就活のタイミングでは日本の大企業に入って、日本を応援したいと思っていたんです。

それもあって、日本を代表する企業の1社である、パナソニックに入社を決めました。

「リトル濱松」に同じ想いをさせたくない

2006年4月にパナソニックへ入社して、最初に配属されたのが薄型テレビの海外マーケティングを担う部署でした。薄型テレビは当時のパナソニックの主力です。「どうせ働くならインパクトのある花形の部署で働きたい」という私の希望が叶っての配属でした。

後にパナソニックでも部署ごとにカルチャーが違うのだということを知ったのですが、当時の薄型テレビの海外マーケティング部署はとても厳しい環境でした。

海外メーカーの成長が著しい中での、絶対に負けられない戦い。私から見た部内の雰囲気は決して良いものではありませんでした。当時は、会議でも若手が発言できるような雰囲気ではなく、もちろん、私の実力不足もありましたが、正直きつかったですね。

そこからいくつかの異動を経て、やっぱり「事業は人」だと思い、社内公募制度に手を挙げて、私は2012年に人事部に異動します。そのときに思い出したのが、この入社後の最初の部署での原体験と、内定者時代のこと。

私はパナソニックに入社が決まったあと、当時の採用部門の方に「入社前に先輩と会わせてください」というお願いをしたんです。リクルーター以外の先輩にももっとお会いして話を聞きたかったんですよね。

でも、返事は「そんなことしなくていいから、遊んでおけ。学生なんだから」というもの。自分はもっと会社のことを知って貢献したいという想いだったのに。悪気があって言ったのかはわかりませんが、当時はそれがすごく悔しかったんです。今は全然そんなことないですよ。すごく変わったと思います。

これから入社してくる「リトル濱松」には、同じ想いをさせたくない。そこで、入社した2006年に内定者懇親会、若手交流会という企画を勝手に有志で開催したんです。

まずは飲み会がベースでもいいから年に1、2回でも集まって、またそれぞれが部門に戻って頑張る。そんなサードプレイスのような存在でした。それが徐々に頻度が高まり、パナソニック電工、三洋電機との合併を機に、2012年、有志の会「One Panasonic」を立ち上げました。

そこでは、オープンイノベーションの推進と一歩踏み出す個人をつくるをミッションとし、社内の経営層や社外の有識者を招いた勉強会を実施したり、自分たちでハッカソンやワークショップ、提案活動をするなど、いわゆる実践コミュニティと言えるようなものになってきました。

非公式の団体ですが、人事部が把握できていない若手社員を「One Panasonic」が発掘・紹介したり、キャリアや仕事に対しても自分ゴトかして考え行動する社員が増えるなど、そこで学んだことや経験を、本業に還流する良い循環を生み出せていたように感じます。

「終身雇用」から「終身信頼」の関係へ

若手中堅社員に加えて、社長、役員、ミドルマネジメントを巻き込むネットワークになった「One Panasonic」。その一方で、会社の垣根を越えて、多くの日本の大企業と若手中堅社員が集う「ONE JAPAN」が2016年に発足します。

辞めるか、染まるか、変えるか。「大企業を変える」というメッセージは世間の耳目を集め、55社、3000人のコミュニティに発展していきました。価値づくり(共創)、人・土壌づくり(人材育成)、空気づくり(発信・提言)を軸に、活動しています。

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「ONE JAPAN」の取り組み

【価値づくり(共創)】
■ONE JAPAN 事業共創プロジェクト
アクセラ担当なんて不要なくらい、オープンイノベーションを当たり前に。を合言葉に、大企業とスタートアップを繋ぎ、事業共創を目指すプログラム。プロジェクトの事務局メンバーがマッチングから共創の伴走までを支援。

■大企業新規事業支援ピッチイベント「Rising Pitch」
大企業の新規事業担当者に正しくスポットライトを当て、事業化を後押しする大企業のエコシステムをつくることをミッションに活動。これから実証実験、販売テスト、事業化に向かっていく段階の大企業新規事業を支援する新しいピッチイベント。
【人・土壌づくり(人材育成)】
■大企業挑戦者支援プログラム「CHANGE」
大企業から、世の中を変革する。を掲げ取り組む挑戦者(CHANGER)を支援するコミュニティプログラム。約3ヶ月の期間を経て「支え合う仲間と、勝ち残るための武器」を提供。そして ONE JAPANから、大企業から「本気で自社を、社会を変えていく人財(CHANGER)」を生み出し、変革していくためのエコシステムの構築を目指す。

■変革型リーダー創出プログラム「ミドル変革塾」
大企業、そして日本から次世代の変革型リーダーを創出することを目的としたミドル層向けのコミュニティプログラム。学び、そして実践といった大きく2つのフェーズを約1年という期間をかけ取り組み、個の成長、志を共にする仲間、そして座学で終わらぬ実践の場を提供。
【空気づくり(発信・提言)】
■書籍の上梓 1冊目「仕事はもっと楽しくできる(2018年、プレジデント社)」 2冊目「大企業ハック大全(2021年、ダイヤモンド社)」
■「働き方」意識調査  大企業の若手中堅の「声」を社会に届けるべく、参加企業55社・1500人を対象にWEB形式の意識調査を実施。大企業の様々な業種を横断し、かつ多種多様な職種の若手中堅に特化した調査は「ONE JAPAN」だからこそ実現する貴重な調査として、注目を集めている。
【全体イベント】
■ONE JAPAN CONFERENCE
1年に一度開催される、ONE JAPAN主催のカンファレンス。2019年はリアル開催で1000人、2020年と2021年はオンライン開催でそれぞれ2000人、2500人が参加する大型イベント。

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上記の取り組みから、大企業とスタートアップの共創事例や、社内での事業化、社内起業家の数名輩出、また、企業の多くの若手・中堅社員のモチベーション向上など、一定の成果は出すことができたと感じる一方で、「まだまだ足りない。もっとできたんじゃないか」と想うところもあります。

大企業にいながら変革していくという活動ではあるものの、誰かが専任でコミットすることができれば、さらにONE JAPANをドライブできると感じるようにもなりました。

そして、2018年に私はパナソニックを退職することにしました。

一番の理由は日本テレビで記者をしていた妻の世界一周という夢を一緒に叶えたいと思ったから。それは同時に私の夢でもありましたし、一度きりの人生であり、人生100年時代と言われる中で、ずっとパナソニックにいるので良いのか、一度離れてみるという選択もあるのではないかという想いもありました。

幸い、私が発起人となった「One Panasonic」も、もうすでに後輩たちの手によって上手く回るようになっていました。

その他にも、実は私は有志の活動としても、パナソニックの人事としても、アルムナイ(退職者)ネットワークづくりやアルムナイ採用を促進していたこともあり、そもそも辞めたらそれで終わりという考えではありません。

もう、終身雇用は幻想かもしれない。でも、「終身信頼」とも呼べる関係はずっと続いていく。だから、相思相愛であればまた戻れるという選択肢もあるのではと思っています。

複数のワラジを履いて、日本全国に火を付ける

今は「ONE JAPAN」の活動をしながら、フリーランスで人材開発や組織開発の伴走をしています。「One Panasonic」の時も「ONE JAPAN」もそうなのですが、私の役割は組織の中の人の火付け役になることだと思っています。

人の心に火を付けて、コミュニティの力でその火を持続させ、広げていく。それは私にとってのライフワークなので、生涯続けていきたいと考えています。

企業だけでなく、行政も、地方の中小企業も、高校生・大学生も。すべての挑戦を志す人たちの心に火を付けて回りたい。

妻とは夫婦で起業したいね、なんて話をしています。娘が産まれたばかりなのでタイミングを見ながらではありますが、最近、色々構想・妄想しています(笑)

あとは、生まれ育った日本や地元(京都)に貢献したいですね。行政や政治だったり、アカデミアで教育にも携わりたいという想いもあります。三足でも四足でも履けるワラジは履きたいなと思っています。それでまわるかわかりませんが、やっぱり、そこは後悔したくないから。

思えば、私は中高のときはずっとバスケットをしながら、一方でESS(英会話クラブ)の活動もしていたり、パナソニックでは本業の他に「One Panasonic」や「ONE JAPAN」の活動をしていたり。

ずっと複数のワラジを履いてきた人生だったかもしれません。

100歳まで生きるならあと60年。一度きりの人生、限りある人生の中で、自分の可能性を閉ざしたくないんです。

濱松誠のキャリアモデルキャンバス

大企業の挑戦を支援する「One Panasonic」「ONE JAPAN」から、あらゆる組織の挑戦の支援へ、活動を広げる濱松氏。同氏のキャリアはどのような考えに基づいて形成されたのか。

Value ─キャリアを通じて提供したい価値は?─
→世の中の挑戦の総量を増やす

日本全国のさまざまな組織に火を付けて、挑戦者を増やしていきたい。その結果、世の中に挑戦の総量が増えていけば、と考えています。

Customer Relationship ─周囲の人とどう接する?─
→「ありがとう」「ごめんなさい」が言える関係

頑張ってくれたら感謝をして、自分のミスだと思ったら素直に謝れる。言うのは簡単ですが、そういう相手を尊重する気持ちと信頼関係が持てるかが大切だと思います。また、人と接すときには強さと優しさのバランスを意識しています。

Channel  ─自らの考えをどう届けている?─
→複数のコミュニティとの関わり

1つのコミュニティだけでなく、さまざまなコミュニティの取り組みに触れたり、連携すること。それらが結果的に自分自身の考えを広め、発信することにつながっているのだと思います。

Customer Segment ─誰の役に立ちたい?─
→組織内の挑戦者

組織の人に火を付けるのが私の役割。最初はパナソニックだったのが、大企業になり、今では規模やビジネスセクターかどうかも関係なく中堅中小企業や行政などにも対象が広がっています。

Key Resource ─原動力となる能力やスキルは?─
→強さと優しさと面白さの平衡感覚

自分は何かに突出したタイプではないのですが、良くも悪くもバランス感があるのかと思います。何か面白いことをするときにも、その裏で強さと優しさは忘れないでおこう、と。そして関西人なので面白さも。そんな平衡感覚はあるのかなと思います。あ、ちょっと熱い、いや、暑苦しいかもしれません(笑)

Key Activity ─キャリアを通じて行っている行動や活動は?─
→組織の「淵」を歩いて内外を行き来する

これまでのキャリアを振り返ると組織の淵を歩いて、中と外の人をつなげてきたように思います。

Key Partner ─自身のキャリアの重要な協力者は?─
→パナソニックホールディングス 執行役員・CHRO 三島茂樹さん/Indigo Blue 代表取締役会長 柴田励司さん

パナソニック時代に唯一自分の意志ではない異動があって、実はそれがベンチャーへの出向でした。それで東京に行ったことが「ONE JAPAN」の共同発起人の山本や、妻との出会いにもつながり、さまざまなきっかけを与えてくれることになりました。三島さんと柴田さんはその出向の機会をつくってくださった方たちです。

Cost ─キャリアのために投資していることは?─
→時間

「One Panasonic」も「ONE JAPAN」も非公式な組織で、本業が終わってから夜活動することが多かったので。ただ投資しているっていうよりは夢中になって没頭していたような感覚ですね。

Reward ─あなたは働くことを通じてどんな報酬を得たい?─
→経験と仲間

挑戦することで得られる失敗を含む経験と、その成功も失敗も共に経験した仲間は代えがたいものです。人脈とかではないですね。仲間、戦友です。