ベンチャー企業の「CXO」になるにはどうすればいいですか?

30歳をキャリアの分岐点ととらえ、転職を考える会社員は少なくありません。本連載の主人公「サードくん」もその一人です。大手通信機器ベンダー営業職の29歳。現在の仕事や待遇に大きな不満はないものの、やりがいや目標も特になし。そんな現状に漠然と不安を抱き始めたサードくんが、転職や将来にまつわる悩みをさまざまな転職エージェントに打ち明けていきます。

今回のお悩み

大企業の風土にイマイチ馴染めないサードくん。その反動から、自由なイメージがあるベンチャー企業への転職に気持ちが傾き始めた。それも、ただ働くだけでなくCXOとして経営の第一線で活躍できる人材になりたいと考えている。憧れだけが先行し、CXOになるための具体的な方法やキャリアパスが分からないサードくんに対し、これまで数多の幹部人材を面談してきた転職エージェントの岡本勇一さん(BNGパートナーズ取締役)は、どんなアドバイスを授けるのか?

今回のエージェント

岡本勇一(おかもと・ゆういち)
株式会社BNGパートナーズ取締役 エグゼクティブサーチ事業部長。2014年に新卒で入社。ほどなくトップセールスを叩き出し、ベンチャー企業領域におけるエグゼクティブサーチ事業を管掌。2017年3月から執行役員に就任。2020年に取締役に就任し、人材紹介部門全体を管掌する立場に。また、全社サービスの向上や、経営体制強化にも従事している。

全ては「志」を決めることから始まる

サードくん:岡本さんが取締役を務めるBNGパートナーズは創業以来、ベンチャー企業の幹部人材、つまりCXOのマッチングに注力されているとお聞きしたのですが……。

岡本さん:はい。BNGパートナーズのエグゼクティブサーチ事業部では創業から13年にわたり、熱い志を持った幹部人材をベンチャー企業に。お取引企業は約3000社、面談した幹部人材は約3万人で、私たちが支援をした後にIPO、EXITした企業も150社を超えています。

サードくん:そんな、ベンチャー企業と幹部人材のことを知り尽くした岡本さんに相談があります。僕、ハッキリ言ってベンチャー企業のCXOにめちゃくちゃ憧れているんです。どのようなキャリアを積めば、CXOになれるでしょうか?

岡本さん:サードくんは、なぜそんなにCXOになりたいのですか?

サードくん:高い報酬とやりがい、そしてかっこよさと三拍子そろっているからです。

岡本さん:なるほど。正直でとてもよろしいのですが、少し考え方を改めてもらう必要があるかもしれません。サードくんはどうも、CXOの上っ面しか見えていないようです。それって子どもが漠然とした憧れで「サッカー選手になりたい」と言っているようなもので、夢みたいな話ですよね。でも、実際にサッカー選手になる人はプロになることがゴールなのではなく、日本を代表する選手になるとか、世界で活躍して子どもたちに夢を与えるといった目的がある。つまり、“志”があるんです。CXOも同じで、志がないと務まりませんし、そもそも登用すらされません。

サードくん:でも、仕事ができれば志とかは関係ないのでは……。

岡本さん:関係大ありです。CXOとは文字通り、その領域に対する「執行責任」を担うポジションです。つまり、執行責任を全うする覚悟が求められるのです。そして、その覚悟の源泉となるものこそ「志」だと私は考えています。実際、私の知る限り、有力なベンチャーで活躍するCXOで、志がない人などいませんよ。

サードくん:なるほど。面談3万人の実績があるから説得力があるな……。ただ、そもそも「志」ってなんなんでしょうか?

岡本さん:周囲からどんなに無理だと言われても、たとえバカにされたとしても「これを絶対にやりきるんだ!」という確固たる指針     ですね。「人生の目的」や「人生のゴール」と言い換えてもいいと思います。

サードくん:人生の…目的…? 正直、そんな大それたことを考えたことはなかったです。

岡本さん:安心してください。現時点で特にないのなら、今この場で決めてしまえばいいんです。はいどうぞ、決めてください。

サードくん:そんな適当に決めちゃっていいんですか?

岡本さん:「人生のゴール」というと大それたものに感じられるから、“ちゃんと決めたい”と思いますよね。でも、いくら長い時間かけて探したって、ちゃんとしたゴールなんて見つからないんですよ。だったら、今この場で“一瞬”で決めてしまえばいい。一瞬で決めても、1週間、1か月かけても、出る答えって大して変わりませんから。これは断言できます。

大事なのは、まず決めることです。一度でも決めてしまえば、脳が切り替わります。そして、「本当にそれでいいのだろうか?」と考えるようになり、志がアップデートされていくんです。つまり、志はどんどん変化していくもの。私自身も、これまで10回は変わっています。

サードくん:そうか。まずは志の種火を灯すことが大事なのか。

岡本さん:その通りです。それがCXOへの道のりの第一歩ですね。

CXOに求められる3つの要素

岡本さん:そのことを踏まえてもらった上で、「ベンチャー企業からCXOとして迎えられる人」の特徴を教えましょう。

サードくん:ぜひお願いします。

岡本さん:求められる要素は主に3つ。「スキル」「信頼」「覚悟」です。 まず「スキル」について。そもそも、社長が必要とするスキルとあなたの強みが合致していることが大前提です。分かりやすい例だと、上場を見据えている企業では、監査法人や証券会社への対応と、上場に向けた内部統制、上場基準の月次決算などに力を発揮してくれるCFO(最高財務責任者)が求められます。

サードくん:なるほど。では、社長のあらゆる要求に応えられるよう、幅広いスキルを磨いたほうがよさそうですね。

岡本さん:いえ、「広く浅く」はむしろ悪手です。実際、CXOに選ばれているのは全てを完璧にこなせる人よりも、何か一つだけでも突き抜けた専門性を持った人なんです。つまり「尖ったスキル」を持った人のほうが選ばれやすいわけです。これはCFOに限らず、全てのポジションに言えることですね。

次に「信頼」ですが、経営者にとってCXOは会社の命運を託す存在ですから、そもそも人間として信頼できるかどうかが重要です。でも、これを1時間かそこらの面談だけで見抜くのはとても困難ですよね。

サードくん:そうですね。一緒に働けば僕の良さを知ってもらえると思いますが、面談だけで伝え切れる自信はありません。

岡本さん:だからこそ、いきなりCXOとして登用してもらおうと思ったら、信頼の裏付けとなるような実績と経験がないと難しいわけです。ただ、それを言っても仕方がないので、まずは“ポテンシャル枠”のCXO候補として入り、コツコツと信頼を積み上げていく。そして、CXOに引き上げてもらうのが現実的だと思います。

そして、最後の「覚悟」。これも面接では測りにくいですが、一定のスクリーニングはできます。私が面接官として幹部人材と面談する際によく聞くのは、「直近で、あなたが一番経営にインパクトを出した成果はなんですか?」という質問です。これに対して、どんな「目線」で答えるかによって、その人の幹部人材としての覚悟を測ることができるんです。

サードくん:えっ? 「私」以外の目線     があるんですか?

岡本さん:残念ながら、それではCXOとしての覚悟なし、と見なされてしまいます。 経営レベルで働いている人は、目線     が「私」ではなく「会社」なんですね。先ほどの質問に対しても、「会社としてこういった事業に取り組み、社会にこんな貢献をした」という具合に、会社への貢献度合いを具体的に答えられるといいと思います。数字で言えるともっといいですね。

サードくん:聞けば聞くほど、CXOへの道のりが遠く霞んでいくようです。

岡本さん:とはいえ、必ずしもこの3つが完璧に備わっていなければならないわけではありません。例えば「スキル」が多少弱かったとしても、「信頼」と「覚悟」が並外れていれば採用される可能性は十分にあります。ただ、逆に「信頼」と「覚悟」が全くなく、「スキル」だけが高い人って不思議と選ばれないんですよ。いくら魅力的な尖ったスキルがあっても、人柄がよくなかったり、経営者と同じだけの覚悟がない人とは後々ぶつかってしまいますよね。そんな余計なコミュニケーションコストをかけるくらいなら、初めから採用しないでおこうと判断されてしまうんです。

CXOはただの「役割」に過ぎない

サードくん:ちなみに、昨今のベンチャー企業から需要が高いCXOってどのポジションなのでしょうか?

岡本さん:そもそもCXOは「CEO(経営)」「CFO(財務)」「CTO(技術)」「CMO(マーケティング)」「COO(執行)」「CHRO(人事)」と両手で数えるほどしかないのですが、圧倒的に需要が高いのは「CTO」と「CFO」です。     なぜかというと、CFOに求められるファイナンスの能力って会社を起業したタイミングではあまり必要がなく、後回しにされることが多いんです。しかし、上場のフェーズなどでは絶対必要になってきます。また、CEOがエンジニアの場合は、シード期には創業者がCTOを兼務することが多いのですが、サービスの規模や開発環境が大きくなると個の力だけでは回せなくなる。これも、後から必ず必要になってくるポジションです。

サードくん:なるほど。そんなに引く手数多ということは、それだけ食い込むチャンスもあるということですよね。

岡本さん:でも、サードくんは営業職ですよね。正直、29歳の今からCFOやCTOに求められる知識やスキル、経験を積もうというのは現実的ではありません。例えばCFOは公認会計士や投資銀行出身者などが採用される傾向が強いのですが、今からキャリアチェンジして10年のキャリアを積んだとしたら40歳ですよね。40歳のサードくんと、同じ経験・力量を持つ30歳の幹部人材であれば、普通は若い後者が採用されます。

サードくん:ということは……もしかして、僕ってもう詰んでますかね?

岡本さん:いや、それでもどうしてもCXOになりたいなら、今からでもなれるものを探すしかありません。サードくんの今のキャリアで現実的なのは、COO(最高執行責任者)かCHRO(最高人事責任者)だと思います。ここから努力して営業力やマネジメント能力を伸ばしていけば、その延長線上にこれらのポジションに就くチャンスがあるかもしれません。 ……ただ、しつこいようですが、そもそもの「志」がないのに、そんな皮算用だけしていても意味がないですよ。言ってしまえばCXOってただの役割に過ぎません。ですから、それになること自体が目的化してしまうのは、正直どうかと思います。

サードくん:自分でも本当にどうかと思います。まずは人生の目標を決めて志を育て、それを叶えるためのキャリアパスを真剣に考えてみます。

岡本さん:分かってくれましたか。最後にもう一つだけアドバイスするなら、志を設定したら、ぜひそれを周囲の人に公言してください。すると、自然と高い視座を持った人が集まってきて、自分を引き揚げてくれる。そんな好循環が生まれると思います。

私はどんな人にだって、大きな可能性があると信じています。ましてや、まだ29歳のサードくんは可能性の塊です。今からでも本気でやれば、必ず事を為せるはずですよ。