【HIKKY】「働き方」は現実を超えていく。メタバース時代に広がるVRワークの実態

100万人以上を集める世界最大のVRイベント「バーチャルマーケット」の開催をはじめ、XRソリューションの提供やVRライブの制作・運営などを展開しているVR法人HIKKY。ここで実現されているのが、まったく新しい働き方だ。コロナ禍でリモートワークが加速したが、HIKKYでは2018年の創業以来、アバターとハンドルネームを持ってバーチャル空間で働くのが当たり前。先進的なワークスタイルが生み出す価値について、CEOの舟越靖氏に聞いた。

舟越靖VR法人HIKKY 代表取締役CEO
NTTを退職後、2005年に通信系インフラ開発・運用のフナコシステム創業を経て、2015年に3DCG制作・コンサルティングのGunsy‘sを設立。著名映画作品等を手掛けた後、中国に大規模なCG制作を可能とするrootStudioを設立し、自社アニメや著名IP作品を生む。2018年にはVRコンテンツの制作・開発ソリューションを提供するVR法人HIKKYを設立し、世界最大と称されるVRイベント「バーチャルマーケット」を主催。世界中から100万人以上の来場数を誇り、ギネス世界記録™にも認定されている。

働く時間を自由に選択してメタバース出社

──あらためて、HIKKYのワークスタイルについて教えてください。

個人の都合や事情に合わせて働く時間を自由に選択し、リアルのオフィスではなくバーチャル空間にあるオフィスで働くのがHIKKYのワークスタイル。

というのも、世の中にはいろんなタイプの人がいて、たとえば深夜にしかアイデアが浮かばない人もいれば、子育てや介護で働く時間に制限がある人、事故や病気で働くこと自体が難しい人もいますよね。

そういった人たちが自由に働ける環境を作れたら、今は使えていない才能を発揮できるはず。だから、働く時間は各々に自由に選択してもらっています。もちろん、定例ミーティングはありますが、それ以外に縛りは設けていません。

HIKKY社内におけるミーティングの風景。メンバーはバーチャル上のオフィスに“出社”する。

──働く時間と個人の都合を最優先できる。24時間のうちいつでもいいのでしょうか?

もちろんです。時間だけでなく場所も問わないから、東京の恵比寿にあるオフィスには、ほとんど誰もいません。全国・全世界どこで働いてもいいし、電波がある場所ならキャンプをしながらでも問題ないですよ。

──そうなると、社内のコミュニケーションが難しいという課題はないですか? 

全くないですね。いくつかツールは使い分けているのですが、一番特徴的なのは音声やテキストでコミュニケーションを取るDiscordを常時つなぎっぱなしにしていること。その役割は雑談です。

SlackやZoomでは業務の話以外に発展しにくいですが、Discordならいつでも雑談ができるので、そこから新しいクリエイティブや事業が日常的に生まれています。

──ボイスチャットをしながらオンラインゲームをしているような状態ですか?

まさに、そのイメージです。Discordには自分のステータスを書き込む部屋もあって、そこに「今日は調子が悪い」「現在食事中」といった自分の状態を書き込めば、レスが遅くても誰も何も言いません。それどころか、みんなで気遣ってフォローしていますよ。

社員同士、本名や顔を知らない(!)

──オフィスワーカーと比べて、コミュニケーション量は多いと思いますか?

コミュニケーション量は膨大だと思います。もはや、一緒に生活をしているんじゃないかと錯覚するくらい(笑)。

なぜなら、自分の都合に合わせて各々が仕事をしているので、昼も夜も関係なく、その日のその時間に集まったメンバーがDiscordで楽しく雑談をしているから。

自分の時間外でも、何か思いついたときに雑談をしにくる人もいますし、休日に雑談をしている人たちもいます。それくらいフラットなので、上司や部下、同僚といった従来の“会社”の枠組みがなく、友達と接するように働いていますね。

コミュニケーションツールは用途に応じて使い分けるが、アバターも実体も扱いはフラットだ。

──友達のように働く。100人以上の規模になっても、それが実現する理由は何でしょうか?

それは、自分の好きなアバターとハンドルネームで働いていることが影響していると思います。たとえばリアルの世界では、僕は社長という肩書きがあるので、新入社員は声をかけづらいかもしれないですよね。

でも、バーチャル空間の僕は2頭身のアバターだから、みんなが小さい子に接するかのように、話しかけてくるんです(笑)。

HIKKYでは、社員同士がアバターとハンドルネームで個人を認識しているから、個々の顔も本名も知らないケースがほとんど。普通の会社ではありえないですよね。それもあって、遊びと仕事の境界線が曖昧になっているのだと思います。

──社員同士、顔や本名を知らないのは面白いですね。アバターを使うことのメリットは何でしょうか?

アバターを使うと、リアルよりも距離感が近くなるというメリットがあります。たとえば、初めましての社員と会うとき、リアルの場ではいきなり手を振ったりハグしたりできないですよね。それが、バーチャル空間のアバターならできるんです。

それに、リアルの自分には自信が持てない人でも、好きなように着飾ったアバターなら自己肯定ができます。つまり、アバターを通じて、自分のコンプレックスやハンデ、見た目、性別を超越できるので、前向きな思考になりやすい。

誰に対しても変な先入観を持つことなく人間関係を作れるし、リアルの世界だったら関わりを持たないような人とも楽しく会話できるので、面白い化学反応が生まれやすいと感じています。

メタバース上では性別を超越できるため、アバターは“女性比率”が高い。

柔軟性と人への思いやりが、HIKKYの強さ

──HIKKYのワークスタイルに馴染むのはどんな人でしょうか? 

なんでもいいので趣味や好きなことに熱中している人はハマりやすいですね。バーチャル空間に慣れ親しんでいなくても、たとえば登山や自転車など、何かに魅了されて打ち込んでいる人は馴染んでいます。

実際、HIKKYにはクリエイターだけでなく、Yahoo JapanやAmazon、証券会社出身のキャリア組もいれば、学校の教員や自治体出身の人もいる。いろんな人が集まって、自分らしく働いています。

──キャリア組の人がHIKKYに惹かれるポイントは何でしょうか? 

ほかの会社になくてHIKKYにあるものとしてよく言われるのは、柔軟性と人への思いやりの強さです。

柔軟性は、自分の都合や事情に合わせて働く時間も場所も選べること。そして、その事情に合わせてルールや働き方を適宜更新していることが挙げられます。

人への思いやりの強さは、いろんな事情を持つ人がいろんな時間に働いているから、お互いに思いやってフォローしながら働くのが、当たり前のこととして根付いているからだと思います。

たとえば、プロジェクトのリーダーが忙しくなって意思決定のスピードが遅くなっても、普通の会社ならリーダーを「待ち」ますよね。でもHIKKYの場合、プロジェクト内で勝手に次のリーダーが立ち上がり、責任を持って意思決定をし始めるんです。

それは役割を奪うのではなく、忙しいリーダーをフォローするための動き。こうした仕事の仕方ができるのは、HIKKYの強みだと思っています。

──スタートアップはいつか普通の会社になりますが、HIKKYはそのイメージが湧かないですね。

頑張って抵抗しています(笑)。すでに100人以上の規模ですし、お手伝いをしてくれている方を含めると500人を超えます。だけど僕は「会社とはこういうものだ」という考えが嫌いなので、会社が成長しても熱量を消さない働き方を作り続けたい。旧来型の会社のルールによって、みんなの自由度を奪ってはいけないと思っています。

「事情」を持つ人も、バーチャル空間では価値創出できる

──VRワークによって得られたこと·失ったことがあれば教えてください。

失われたものは、会話のセッション力です。リアルの会話で生まれる余白はオンラインでは生まれにくいので、それは明らかなロスですね。

一方、得られているものはたくさんあります。

たとえば、今働いているメンバーの7割は育児や病気など何かしらの事情を持っているんですね。世の中的には、雇用されづらい人たちかもしれませんが、HIKKYにはその人たちが必要。彼ら彼女らがいなかったら、今の事業は生まれていません。

一番わかりやすく価値を発揮しているのは、CVO(Chief Virtual Officer)のフィオです。

メンバーが実体同士で出会ったときも、お互いの気心が知れているため、バーチャル上の距離感と変わらないという。

もともと一部上場企業で営業や企画職、ベンチャー企業での経営をしていた彼は、重度のうつ病を発症して、外に出るのも人と話すのもできず、働けなくなったんですね。

そんなときに出会ったのがバーチャルの世界です。リアルの世界では外に出られなくても、バーチャル空間なら知らないアバターと会話することも、みんなで企画して遊ぶこともできた。

それが、世界最大のVRイベント「バーチャルマーケット」の創出につながりました。まさにバーチャル・ドリームと言えるでしょう。

自分が何者でもなくても、現実社会では働けなくても、バーチャル空間でテクノロジーと創造性を掛け合わせたら、いくらでも面白いことができる。

フィオの存在は多くの人の希望になっていますし、バーチャルマーケットは新しい価値を作るクリエイターが生まれ続ける環境になっています。

「バーチャルマーケット2021」には大手企業を含む80社、600組以上のクリエイターが出展。世界中から100万人以上の参加者を集めた。

VRワークに適応できない会社は淘汰される

──バーチャル空間での自由な働き方は、これから広がっていくと思いますか?

コロナ禍でリモートワークが当たり前になったように、新しい働き方として取り入れざるを得なくなるはずです。

VRヘッドセットは2025年までに世界で約6000万台が浸透するとの予測がありますし、Meta(旧Facebook)もメタバース事業に毎年1兆1000億円投資すると発表しました。この状況で、必要だと思わない企業は淘汰されていくかもしれません。

その意味では、バーチャル空間での働き方は広がっていくと思いますし、新しい職種も誕生すると考えています。

いずれにしても、バーチャル空間なら現実社会では活躍できなかった人たちも主役になれて、従来とは違う価値を生み出せます。

すでに、リアルの世界では体験できない仕事、働き方、楽しみをクリエイターたちが続々と作っていますし、実際に、手足が動かない人がバーチャル空間にあるアパレル店で働いているといったケースも生まれています。

物の見方や社会・組織のあり方、働き方、物の値段を含め、あらゆる価値の再定義が起きる日は、遠い未来ではないはずです。

構成:田村朋美
撮影:岡村大輔
取材・編集:呉琢磨