【井上一鷹】新規事業を生み出す“ゼロイチ職人”は、どのようにして生まれたのか?

JINSでの新規事業立ち上げを経て、サンアスタリスクへと移った井上一鷹氏。自分とは違う脳を持った人材とゼロイチで事業を作る喜びに魅了された井上氏は、どのようにキャリアの選択をしてきたのか。本記事では井上氏のキャリアを振り返りながら、それを形成するに至った「9」のファクターをビジネスモデルキャンバス、ならぬキャリアモデルキャンバスで解き明かす。

井上一鷹
株式会社Sun Asterisk  Business Development Section Manager
慶應義塾大学理工学部卒業後、戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルに入社し、事業戦略、技術経営戦略、人事組織戦略に携わる。2012年、JINSに入社。商品企画、R&D室JINS MEME事業部マネジャー、株式会社Think Lab取締役を経て、JINS経営企画部門 執行役員を経験。2021年に株式会社Sun Asteriskへ入社。著作に『集中力』、『深い集中を取り戻せ』がある。

なぜ、井上氏はJINSを辞めた?

2015年の11月3日、僕はその時のお客さんの笑顔をまだ鮮明に覚えています。

寒い中、早朝から店の前に列をなし、僕らが作ったウェアラブルデバイスJINS MEMEを目を輝かせて手に取ってくれている姿。この瞬間に僕は、ゼロイチで価値を生み出す仕事の醍醐味を実感することができたように感じます。

JINS MEMEリリースの3年前に、僕はJINSへ入社しました。当時のJINSは、機能性メガネのJINS PCを開発するなど、ファッションブランドからイノベーション企業へと生まれ変わろうとしていたタイミング。

「事業を作りたい」という思いを持っていた僕は、新規事業であったJINS MEMEの開発にあたりました。

JINS MEMEリリース後には、「世界で一番集中できる場所」というコンセプトのワークスペースThink Labを開発。この時も、僕たちの想定以上に上手に使いこなし喜んでくれるお客さ様の姿を目の当たりにしました。

僕はゼロイチで価値を生み、それをお届けできた瞬間に、仕事へのやりがいを感じることができる。そう実感してからは、自分の方向性が定まったようにも感じていました。

しかし、一昨年、僕は気づけば違う道を歩んでいました。2020年、全社的なDX推進のために、僕は経営企画部門へと異動。そんなある日、Googleミートの画面上で会議中に「調整役」に徹する自分の姿に目が止まります。

「これは本当に自分がしたいことなのだろうか?」

僕が得意なのは、ゼロイチで価値を作ること。であれば、そこに注力した方がよいのではないか。

幼少期に算数が得意だった僕は、途中まで算数オリンピックに出場したり、数学者を目指していたほど、そこに特化した勉強をしていました。親も「苦手なことを頑張るより、得意なことに集中した方がいい」という教育方針。

今思えばそんな生い立ちも今回の選択に影響しているのかもしれません。

あらためて思いが強まり、僕は多様な企業の新規事業やプロダクトに伴走することができるサンアスタリスクへの転職を決めました。

もどかしさを感じたコンサルタント時代

「プロダクトが生まれる瞬間をきちんと自分の目で見届けたい」

4年9カ月の間、アーサー・D・リトルで夢中になって働きながら、僕はそんな思いを強めていました。大学卒業後入社した戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルでは、優秀なビジネスパーソンに囲まれて、毎日を合宿のような熱量で過ごしていました。

今とは状況が異なっていますが、15年前は、午前4時にタクシーで帰って、朝5時に寝て、8時に起きて出社するといった暮らしをみんながおくっていました。新卒で入った会社だったので、仕事とは「そういうものだ」という勘違いができたんでしょうね(笑)

充実した毎日をおくっていましたが、僕はどこかで拭い難い虚しさを感じていました。コンサルタントは、事業を描くことが仕事であり、ものづくりやプロダクト開発まで伴走することはできません。

そのため、最終報告書を渡す時に「本当にカタチにしてなるのだろうか……?」という不安を抱くことも少なくありませんでした。

構想や戦略を描くとき、そのプロジェクトメンバーの中で一番時間をかけて考えたはずなのに、実際に作ることにはタッチできない。そんなもどかしさを感じて、コンサルタントの仲間たちとくだを巻いたことも一度や二度ではありませんでした。

27歳の時、僕も事業を生み出したいという思いを持ってアーサー・D・リトルを離れることを決意しました。

イントレプレナーとしてゼロイチを体験

JINSとの出会いは転職エージェントがきっかけでした。転職の相談をエージェントにすると、「JINSの社長に会ったことはありますか?」と尋ねられます。

「会ってみたいです」とお返事をすると、その日のうちにJINSの田中(仁)社長から「今日6時半から7時だけ空いてるけれど、どうする?」と電話がかかってきたんです。

そんなことを言われたら、もう「伺います」としか言えないですよね(笑)。そのスピード感や動物的な強さに圧倒されて、僕はすぐに入社を決めました。

ゼロから事業を生み出す際には、「こうすれば正解」ということはありません。「あれがうまくいったから、これもうまくいく」という話でしたら、新規事業ではありません。つまり、計算が通用しない世界ともいえるのです。

未開の地を拓く、ロジックでは測れない強さを持つ田中社長に、僕は魅了されてしまいました。

例えば、田中社長は、「『儲かる』という字は信じる者と書く。だからな、俺が信じているうちは儲かるんだ」といったことを言ってのけるんです。

こんなこと言われたら、押し切られちゃいますよね(笑)。まさに、オーナー社長の象徴的な人だと思います。理屈のないことを言い切れる、そんな僕とは全く異なる脳みそを持つ田中社長と働くことがむちゃくちゃおもしろかったんです。

JINSで働き始めた頃、田中社長に事業について報告をすると、「頭はいいな」とよく言われました。これ、まったく褒められていないんです。

僕はコンサルタント時代の癖で、「Why?(なぜか)」をとことん考えて話をしていたんです。しかし、起業家の頭の中は「So what?(だから何)」。

どんどんやってみて、その結果を報告するくらいの実行力が思考力と同時に求められます。JINSで、「考える」と「作る」の間にあるギャップを埋める力こそ、自分に必要だと感じました。

田中社長とのやりとりの中で、僕はアントレプレナーとイントレプレナーの違いを感じるようにもなりました。

創業者は、自分でやっているから「決める力」が強いんです。

一方で、イントレプレナーが行うことは決める材料をきちんと揃えて、自分がいいと思っている方向にいざなえる力だと思います。

必要なのは、決めるのではなくて、「決めさせる力」です。起業家のような天才ではなく、イントレプレナーは秀才としての努力が必要だといえるかもしれません。

JINS MEMEの開発には、僕が入社する前から数えて5年間の時間がかかりました。その後、僕は集中力を高めるコワーキングスペースThink Labの新規事業に携わります。

Think Labは1年間でリリースにまで漕ぎ着けることができました。今振り返ると、Think Labをスムーズに開発できたポイントは2つあったと考えています。

一つは、一度新規事業に成功すると異なる事業においても再現性を発揮しやすくなるという点です。Think Lab は、JINS MEMEとは全く異なる事業ですが、開発する際の勘所などは共通項があると実感しました。

もう一つは、社外からも最適な人材を募ったことです。どの会社もそうですが、入社してくる人たちは会社の本業に携わりたいという思いを持っています。

JINSであれば、メガネの事業に関わりたいと思って入ってきている。だから、新規事業にアサインされたとしても、なかなか主体性を持ちにくいのです。

もしもチームの中で一人でも“やらされている感”があるメンバーがいれば、それは伝播します。一方で、業務委託であってもビジネスやビジョンに共感する人材を集めれば、やらない理由を探す人がいるチームよりも推進力は強い。

JINSではこうしたたくさんのことを学びました。そして、何よりも、新規事業を開発し、それをお客様が手の取ってくださり喜んでくれることで沸き立つ自身の心に気づくことができました。

JINS MEMEとThink Labを生み出す経験を通じて、僕はより新規事業の領域で生きていきたいと思うようになったのです。

さらなるゼロイチを求めて、サンアスタリスクへの挑戦

2020年、コロナ禍でサービスのDXに舵を切ったJINSで、僕は新規事業を離れて経営企画として働くことになりました。そこでは、新規事業とは打って変わって、僕はバランサーとして関係部署の利害調整を図っていました。

ゼロイチを求める思いを持て余していた時に、サンアスタリスクの社長の小林(泰平)と話をする機会を得ました。

サンアスタリスクは、スタートアップから大企業まで新規事業・デジタルトランスフォーメーション(DX)・プロダクト開発を、専門性と柔軟性の高い専属チームが伴走し、支援します。また、国内外のIT人材の「タレントプラットフォーム」を保持して、多様なアシストを行なっている点も特徴です。

小林の話を聞いていく中で、ゼロイチへの思いや「日本に新規事業を増やしたい」というビジョンなどが僕とぴたりと重なっていきました。小林はそれを実現するために、あらゆる産業のデジタライゼーションを促進し、数百もの新規事業の創出に伴走できるサンアスタリスクを作っている。それに対して、僕はどうか。まだまだ何もできていないのではないか、と焦燥感すら感じました。

思えば、JINS MEMEでも、Think Labでも、ボトルネックになったのが仲間集めでした。社内外で優秀なデザイナーやアプリ開発者、エンジニアを探すのは至難の業。

しかし、サンアスタリスクにはそうした事業のキーとなる人材が揃っていました。いつかは自分自身で起業しゼロイチを作るかもしれませんが、目の前にこれだけのインフラを整えている環境があるのだから、そこに自分の力を注ぎ込んだ方がビジョンを実現できる可能性が高まるのではないかと考えたのです。

現在、サンアスタリスクに入社し2ヶ月半ほど経ちました。サンアスタリスクの事業をどう伸ばしていくかという経営企画的なポジションや、実際の事業プロジェクト推進者としての役割、さらに事業化のメソッドを書籍化する業務などに携わっています。

僕はMVP(Minimum Viable Product)ができて、その価値を実感できる瞬間が好きで仕方ありません。日本はその機会が圧倒的に少なく、事業が生まれにくい。僕はサンアスタリスクという自分の力を最大限に活かせる場で、これからも新規事業の感動を味わっていきたいと考えています。

井上一鷹のキャリアモデルキャンバス

外資系コンサルタント企業から、事業会社であるJINSで新規事業の立ち上げに関わった井上氏。さらにゼロイチを追求して選んだ道は、サンアスタリスクへの入社だった。同氏はいかにして、オリジナルな選択を果たしたのか。

Value ─キャリアを通じて提供したい価値は?─
→ゼロイチの発端を作ること

「日本ではゼロイチを生み出しにくいといわれています。その『1』になるコンセプトを作る人間でいたいと思っています」

Customer Relationship ─周囲の人とどう接する?─
→関わる人の違和感を丁寧に感じ取る

「僕は話し合いの中で、違和感を覚えている人がいるとすぐに気づくタイプ。新規事業をしていると、見ないふりをしていた違和感が噴出する瞬間があります。一度違和感が露呈すれば、メンバー間の対立が生まれたりプロジェクトがストップしたりしてしまう。だから、気づいた瞬間に違和感を拾い上げることが大事だと思っています」

Channel  ─自らの考えをどう届けている?─
→文章に落とし込む

「文章を書くと自分の考えが整理され、言動や行動に整合性を取ることができるようになります。だから、人生の転機にはnoteや本を書きます。自分が大切にしている軸がわかるので、その後自分の考えを語るときもプレゼンテーションをしやすくなります」

Customer Segment ─誰の役に立ちたい?─
新しい事業をやりたいのに踏み出せない人

「JINS時代から、大企業の担当者と面談し新規事業案へフィードバックするという活動をプロボノでしています。熱い思いがあるけれど適切な方法へ落とし込めない方の役に立てればと考えています」

Key Activity ─キャリアを通じて行っている行動や活動は?─
→自分と異なる脳みその人と関わること

「『何でこんなことを考えるんだろう?』という人と働きたいと思い、これまでのキャリア選択をしてきました。それぞれの得意なことを伸ばすことが重要だと考えているからこそ、異なる得意を掛け合わせることに面白さを感じます」

Key Resource ─原動力となる能力やスキルは?─
→考え方を考える力

「コンサルタント時代に培った新たなフレームワークを作って問題解決をする力です。『この課題に対してはこう考える』という方向性が定まれば、あとはタスクになっていきます」

Key Partner ─自身のキャリアの重要な協力者は?─
→アーサー・D・リトル時代の先輩の三ツ谷さん

「三ツ谷さんはクライアントなり上司なりと3ヶ月程仕事をすると、『あの人だったらこう考えるな』と思考パターンをインストールすることができる人でした。これはコンサルタントが成果をあげる上で重要な能力です。今でも三ツ谷さんのこの特技を思い出し、判断に迷う時は『小さい○○さん』を召喚して検討するようにしています」

Cost ─キャリアのために投資していること?─
→事業計画書を見ること

「大企業の新規事業へフィードバックするプロボノを通じて、事業計画を見ることに時間を費やしています。たくさんの事業計画を見てアドバイスをすることで、ゼロイチで事業を作るための判断力を上げることに役立っているように感じます」

Reward ─あなたは働くことを通じてどんな報酬を得たい?─
→価値創造のプロセス自体が報酬

「自分と違う脳みその優秀なビジネスパーソンと新規事業を作ること自体がおもしろいですし、その全てが僕にとっての報酬です」

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編集:野垣映二(ベリーマン)
執筆:佐藤智
撮影:小池大介