「キャリアは梯子ではなくジャングルジム」なぜ、藤本あゆみは「キャリアパス」を描かないのか?

「働きやすい社会づくり」に貢献する一般社団法人at Will Workの代表として活躍する藤本あゆみ氏。「キャリアを計画しない」という藤本氏は、どのように人生の選択をしてきたのか。本記事では藤本氏のキャリアを振り返りながら、それを形成するに至った「9」のファクターをビジネスモデルキャンバス、ならぬキャリアモデルキャンバスで解き明かす。

自分のキャラクターを作った「校則のない学校」

キャリアについての取材ということなのですが、実は私はキャリアを長期で計画することが、苦手なタイプです(笑)。

計画をしてしまうと、人生の選択肢が狭くなってしまいそうで。どちらかと言えば、一つひとつ自分が納得できる選択をしてきた結果、今に至ります。

9年間勤めたGoogleを辞めて、一般社団法人at Will Workを立ち上げたときも、そうでした。

「お金のデザイン」で営業から広報にジョブチェンジして、アクセラレータ/VCの「Plug and Play」に転職を決めたのも、そうです。

数年前には今の自分を想像することもできませんでした。

藤本 あゆみ
一般社団法人at Will Work代表理事/Plug and Play Japan 執行役員 CMO
2002年キャリアデザインセンターに入社。求人広告の営業職を経て、マネージャーへ最年少で就任。2007年、Googleに転職。女性活躍プロジェクト「WomenWill Project」のパートナー担当を経て、2016年に一般社団法人at Will Workを設立。株式会社お金のデザインでPR マネージャーを経験し、2018年よりPlug and Play Japanに参画。執行役員CMO としてマーケティングとPRを統括する。

at Will Workの活動にも、そして私自身のキャリアにも密接に関わる「選択する」という意識は、もとをたどると小中高の12年間で形成されたように思います。

私が12年通った桐朋学園は校則のない学校で、「あなたはどうしたいのか」をとことん考えさせる校風でした。そのため、「これをしなさい」と言われたことはほとんどありません。

例えば、当時流行していたルーズソックス。一般的な私立学校であれば「禁止」とされてもおかしくありません。しかし、桐朋では「制服にルーズソックスが似合うか?」を議論し、自分たちで「どうするか」を決めるのです。

そんな中で、私は中高6年間、文化祭実行委員として活動していました。行事を作り上げることに情熱を注ぐ学校なので、「今までなかったような文化祭にしよう」「新しいことをやろう」と夢中になりました。

実は、今のat Will WorkやPlug and Playでの仕事もこの文化祭前夜のような感覚に近いんです。私は一つのことを達成するためにみんなで一緒に突き進むことが好きなんでしょうね。学生時代の友人に今の仕事の話をすると、「変わってないね」とよく言われます(笑)。

もう1つ、私が熱中したのが放送部。テニス部に入ろうと思っていたのですが、先輩から「全然興味ないよね。よし、やってみよう!」なんて無理やり誘われて(笑)。でもそれがやってみると、思いのほか面白かったんです。

自分の選択肢になかったことも、誘いにのってみることで、新しいチャンスが訪れることもある。自分の好き嫌いの尺度ですべてを決めると、実は大きなチャンスを掴み損ねるかもしれない。これはこの時の先輩から教えてもらいました。

放送部の活動をしていくうちに、だんだんとドキュメンタリー番組の制作に興味が湧いてきた私は、将来の仕事として考えるようになります。

もうやりたいことが決まっているのだから、と進路は大学ではなくて番組制作を学べる専門学校にしようとしていたくらい。ただ、親と先生は猛反対。最終的に実践的に放送を学ぶことができる大学と家の近所の大学、2校だけ受験するということで落ち着きました。

当時の私は選択肢が狭かったこともあって、お金をかけてもらって大学に行くのに自分の興味のないことだったら意味がないじゃない?という考え。それで落ちたら別の方法を考えればいいぐらいに思っていました。

でも、今思えば親は心配ですよね(笑)。

20年下積みしても、やりたいことができないかもしれない世界

放送を学ぶことができる大学に進学した私は「ドキュメンタリー番組をつくりたい」という想いで番組制作会社でADのアルバイトをはじめました。

今振り返ると、ドキュメンタリーにこだわっていたのは「人」にフォーカスを当てる仕事がしたかったからなのだと思います。

でもお手伝いさせてもらうお仕事はバラエティやCMなど。何も業界のことをわかっていなかった私が「いつになったらドキュメンタリーつくれるんですか?」と聞くと「さあ、20年後じゃない?」というようなそっけない答え。

学生アルバイトがドキュメンタリーの現場にずっと張り付けるわけがないし、そもそももっと下積みとしてやるべきことがある。番組制作会社側からすれば当然です。

でも、20年下積みをしても、自分のやりたいことがやれるかわからないということに、当時の私は戸惑いました。

そして、就職活動の時期になり「さて、どうするか」と考えていたとき。人材紹介業を営んでいた父から「ドキュメンタリー制作も人に向き合う仕事だけれど、人材紹介も転職する人に向き合う仕事。同じことだよ」と言われます。

確かにいろいろな業界の話を聞いていて、私の興味が湧くものとそうでないものの違いは「人の人生に関われるか」だったんです。

それで、大学卒業後は人材紹介会社の「キャリアデザインセンター」へ入社しようと決めました。

でも結局は、人の人生に直接的に関われる人材紹介部門ではなくて、広告営業に配属が決まり、「自分がやりたいことって、あっさりできなくなるんだな」ということを学ぶのですが(笑)。

でも、放送部のときと同じで営業も食わず嫌いせずにやってみると、やっぱり面白い。

少しずつ「お!楽しくなってきたみたいだね」と声をかけられるようになり、だんだんと成果もついてくるように。

そして、3年目には当時の最年少でマネージャーへ就任することになりました。

誰もついてきてくれなかったマネージャーとしての挫折

最年少でのマネージャーの就任に、当時は順風満帆かと思っていました。

しかし、そこに大きな挫折が待ち受けていました。メンバーが全くついてきてくれなかったのです。

当時の私は自分の分身を作ればいいという考えの、典型的なマネジメントができないタイプ。「こうすればできる!」と自分の経験に基づいて話しますがメンバーからは「そんなのできません」と返されてしまいます。

次第にもう自分がやった方が早いと、仕事を抱え込むようになり、当時のメンバーからも人事からも「マネジャー失格」の烙印を押されることになります。

振り返ると、私は一人ひとりのメンバーのことを見ていませんでした。相手がどんな人なのかを理解した上でマネジメントを行えていなかったのです。目の前にいる人は自分と同じ人間ではない。その大前提を私は見逃していたのでした。

今では当時のメンバーに「あのときはごめんね」と言えるようになりました。でも、この時期は人のことが大好きでこの仕事を始めたはずなのに、人のことがすっかり嫌いになってしまっていました。

予想がつかない場所「Google」へ飛び込む

そして2007年、Googleへと転職します。結婚がきっかけとなり、「まったく予測できない場所へ飛び込もう」と思っての挑戦でした。

今でこそ、日本でも広く知られるようになったGoogleですが、当時の日本では検索エンジンを開発する外資企業というぐらいのイメージ。

エンジニアはまだわかるけど、営業って何をするんだろう?よくわからないけど、面白そう。転職を決めた理由はただそれだけでした。

会社が急成長していくタイミングに立ち会えることはなかなかないと思いますし、そういう意味ではラッキーだったと思います。

色々な部署の人との距離も近くて、次のフェーズのGoogleをみんなで一緒に作り上げていく、まさに「文化祭前夜」のような雰囲気でした。私はそれがすごく楽しかった。

最初は固辞していたのですが、Googleでも結局はマネージャーになり、なんとか苦手を克服。Googleには9年間在籍しました。

新社会人の頃に抱いていた「人の人生に関わりたい」という想い

退職のきっかけになったのは、Google7年目に参加した「WomenWill Project」でした。「WomenWill Project」はGoogleによるテクノロジーで女性が直面する問題の解決を目指す、アジア太平洋地域を対象にした取り組みです。

7年間ずっと同じ広告営業の仕事をしていたため、なにか新しいことをしたいと思っていた私は、自ら手を挙げてこのプロジェクトに関わることにしました。

それがやっぱりすごく楽しかったんですよね。「WomenWill Project」の活動をする中で、私が社会人になるときにやりたかったのは、「人の人生に関わる」ことだった、と思い出しました。

そのために必要なのは、働く環境や働き方の選択肢をもっと増やし、提示していくこと。そして、日本の働き方をもっと良くしていくためには、独立した組織が必要だという結論に至ります。

そこで思い切って退職をして、at Will Workを立ち上げることにしました。

6年、7年目ぐらいから、何か新しいことをしたいというもやもや感はずっとありました。でも、Googleは本当に良い会社だし、人も好きだし、正直こういうきっかけでもないと辞められない。だからこの機会をチャンスだと思ったんです。

働き方を選択できる社会を作る

at Will Workでは、働き方を選択できる社会を目指して、働き方の事例共有のプラットフォームを作り、ノウハウの蓄積や体系化を図ってきました。

最近ではコロナ禍でリモートワークが広まったことで、多様な働き方が徐々に社会に受け入れられるようになってきていると感じます。

at Will Workの活動をはじめてから、私個人としては、組織の外とのつながりが圧倒的に増えたように感じます。代表として、どんな社会を目指しているのかをお話しなければならないし、自分からも積極的にイベントに参加するなど、行動範囲を広げるようになりました。

実は、at Will Workは設立時に活動期間を5年と決めていました。そして、ちょうど今年、5年目を迎えます。

でも、実はその先の自分のキャリアについては何も考えていないんです。

キャリアデザインセンターを辞めたときも、Googleを辞めたときも、お金のデザインを辞めたときも、それなりには悩んだけれど、まあ、なるようになってきました。

社会はいろんな人たちとのつながりでできているものです。それぞれのタイミングで誰かが助けてくれたり、逆に自分がみんなを助けたり。

at Will Workを設立してから、複業で「お金のデザイン」という会社で広報を担当したり、今は「Plug and Play」というVCでPR・マーケティングの統括をしています。

「お金のデザイン」の広報をはじめるとき。もともと営業しかやったことがない私に「絶対できる」と任せてくれたのは、Google時代の同僚だった上司です。

キャリアって梯子のように登っていくイメージがあるかもしれないけれど、実はジャングルジムのようにたくさんの選択肢があるものなんですよね。

そして選ばなかった選択肢は捨てられたわけではなくて、またどこかでめぐり合うかもしれない。だから、選択肢を増やすことは人生のチャンスを増やすことなのだと思います。

「いくらでも選択肢がある」という前提に立つことで、自分ならではの理想の働き方や生き方に近づいていけるはず。これからも、私はその背中を押せるような活動をしていきたいと思います。

藤本あゆみのキャリアモデルキャンバス

あえて長期で自分のキャリアパスを計画しないという藤本氏。では同氏のキャリアは何によって形作られてきたのだろうか。

Value ─キャリアを通じて提供したい価値は?─
→選択肢を提供する

「選択肢はたくさんある」と伝えることが私のテーマの1つ。シェリル・サンドバーグの言葉に「キャリアはラダー(はしご)ではなくてジャングルジムだ」というものがあります。どこからでも登れるし、横に移動することも降りることもできる。道は一本じゃないんですよね。

Customer Relationship ─周囲の人とどう接する?─
→人との違いを楽しむ

最初にマネージャーを経験したときに失敗したことでもありますが、人は全員自分とは異なる存在だからこそ、人との違いを楽しむことが大事だと思います。その人と違うから良い悪いではなく、「なぜそう思うのか?」と興味を持つようにしています。

Channel  ─自らの考えをどう届けている?─
→1対1で話す

人によってそれぞれ欲している情報が違えば、私が知りたいと思う情報も違います。キャリアの相談を受けることが多いのですが、特にキャリアの話は1対1や少人数の方がお話しやすいです。イベントに参加して話を聞くのも良いですが、その相手に「30分時間をください」とDMを送ると意外と答えてくださったりするんですよね。

Customer Segment ─誰の役に立ちたい?─
→新しいことに挑戦する人

at Will WorkもPlug and Playも新たなことに挑戦する人たちを支える仕事です。新たな挑戦は、誰もが不安になるものですが、一歩踏み出してみようという人の背中を押していきたいです。

Key Activity ─キャリアを通じて行っている行動や活動は?─
→まずやってみる/変化を楽しむ

放送部も新卒での営業職、そして「お金のデザイン」でPRにチャレンジしたのもそうですが、人に薦められたことを「まずやってみる」ということです。また、煮詰まったときには、いつもと違うことをするようにしています。いつも電車で通っているならば、歩いてみる。変化を楽しむことで、また選択肢が生まれるんですよね。

Key Resource ─原動力となる能力やスキルは?─
→まずやってみる/変化を楽しむ

「まずやってみる」「変化を楽しむ」ということは、小中高のときに身に付けたスキルとも言えるのだと思います。桐朋は帰国子女も多いし、本当に多様な個性の学生が集まっていました。そこで、人との違いを楽しむ素養が身に付いたように感じます。

Key Partner ─自身のキャリアの重要な協力者は?─
→Googleの上司/お金のデザインの上司

私にマネジメントについて1年かけて教えてくれたGoogle時代の上司には感謝しています。また、お金のデザインの上司は営業畑だった私にPRの道を示してくれました。どちらの方も、私とたくさん対話し選択肢を広げてくれました。

Cost ─キャリアのために投資していることは?─
→新しい学び

講座を受講したり、旅行で知らない土地に行く、友人から勧められた本は必ず買うなど、新たな学びに触れることにどんどん投資するようにしています。学びによって選択肢が増えると、どこかでそれが私のキャリアにつながってくると思っているので。

Reward ─あなたは働くことを通じてどんな報酬を得たい?─
→人の人生に良い影響を与えたという実感

私が関わった人がその後の変化を伝えてくれることがあり、それがすごくうれしいんです。自分の活力にもなるし、その人の人生に関わったということが最高に面白くもあるんです。

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編集:野垣映二(ベリーマン)
執筆:佐藤智
撮影:湯浅亨

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