インターネット、コロナ禍──、澤円のキャリアを変えた2つの「グレートリセット」

人生は「偶然」の連続だ。ではキャリアを決めるのは「運」なのかと問われれば、それは明確にNOだ。魅力的なキャリアを歩む人は必ずといって良いほど、「偶然」を「必然」に変える何かを持っている。 「プレゼンテーションの神様」と呼ばれる澤円氏に自らのキャリアについて取材すると「グレートリセット」「Giver体質」というキーワードが浮かび上がった。 本記事では澤氏のキャリアを振り返りながら、それを形成するに至った「9」のファクターをビジネスモデルキャンバス、ならぬキャリアモデルキャンバスで解き明かす。

澤 円(さわ・まどか)/圓窓 代表
 立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。2006年には、ビル・ゲイツが授与する「Chairman's Award」を受賞。2011年にマイクロソフトテクノロジーセンター・センター長に。業務執行役員を経て、2020年に退社。著書に、『マイクロソフト伝説マネジャーの世界№1プレゼン術』(ダイヤモンド社)などがある。

キャリアの転換はグレートリセットのタイミング

僕が自分のキャリアを転換するのは「グレートリセット」のタイミングです。グレートリセットとは、世界のルールが変わり、既存の価値が大きく転換すること。

1度目は、1997年にマイクロソフトに転職した時。この2年前に、「Windows95」が発売され、インターネット時代の本格的な幕開けが訪れました。そのリセットのタイミングで僕は次のステージに向けて動きました。

2回目のグレートリセットは、2020年の新型コロナウイルス感染症の蔓延です。全世界規模で生き方と働き方のリセットが起きました。僕は、このタイミングで23年間勤めたマイクロソフトを退社しました。

グレートリセットが起きた社会では、全員が初心者です。

1995年当時にインターネットを詳しく知っている人はいませんでしたし、今の時代であればアフターコロナやウィズコロナの時代を経験した人もいない。教科書がない状態なので、何をしても正解になります。

全員がビギナーだと考えると、不利になりようがない。だから、チャレンジにはうってつけのタイミングなのです。

先行特権のある領域にこそチャンスがある

私が就職をしたのは、1993年。バブルは崩壊したタイミングでしたが、一人の学生が50社内定をもらうなどがザラだった時代。学生は引く手数多でしたが、僕は将来のことをまともに考えていませんでしたし、やりたいこともない状態でした。

流されるままに就職活動をし、中堅の生命保険会社に内定をもらいます。

しかし、内定式に行った時に大きな違和感に襲われます。周りの同期たちは、「就職」ではなく「就社」をした感覚でいるように感じました。

「ここにはいられない……!」

直感的にそう感じた僕は即座に内定を辞退。新たに選んだのは、文系からのシステムエンジニアへの道でした。

その道に深い意味はありませんでした。ダイビングで偶然知り合った人が、「システムエンジニアをしている」と語っていたことを思い出し、「就社」ではなく職を持つ自分になりたいと思い、飛び込んだのです。

今でこそ、システムエンジニアは誰もが知る職業になりましたが、当時はほとんどの人から「なにそれ?」といわれました。周囲には「寄らば大樹の陰でしょ」と平然と言い大企業に入っていく同級生が多くいました。

しかし、今振り返ると、「システムエンジニアになる」という決断は僕の人生の最大のファインプレイでした。1993年はインターネット前夜です。

そのタイミングでエンジニアになったので、ある程度パソコンの仕組みを知った上で、インターネットの時代を迎えることができたのです。

これは、圧倒的な先行者特権となりました。

僕の選択は基本的に周囲に理解してもらえないことが多いんです。でも、批判されたりわかってもらえなかったりするものに飛び込んでいくと、先行者特権を得られる可能性がある。

「人と同じことをしない」ことで、道が拓けているのです。

キャリアを考える時には「外の物差し」を持ち込む

僕はオンラインサロンをしていたりVoicyを配信していたりするので、多くの人からキャリアの相談を受けます。

キャリアで悩んでいる人たちの特徴は、一つの物差ししか持っていないということです。比喩的ですが、自社では“高さ”で評価をされているけれど、自分はどうしても高さでは競えないというケースもあるでしょう。

異なる物差しを持ち込めば、“長さ”や“速さ”、“重さ”という単位で勝負しようと思うことができるはずです。つまり、自分のよさを伸ばすキャリアに気づくには、多様な物差しが必要なのです。

一つの単位で評価されて、それを我慢しなければいけないというルールだと思い込んでいることはあまりに不毛です。人生を無駄遣いしてはいけません。

異なる単位に気づくには、外の世界から物差しを持ってくる必要があります。1つの組織にいるだけでは、それに気づくことは難しいので、どんどん外に出ていくことが重要です。

もちろん転職する時にも、外の物差しを持っていることが重要になります。

僕が最初に就職した会社は、ほとんどの人が外に出ず、名刺すら渡されていませんでした。その中で、僕は数少ない外に出る仕事をしていたんです。

外の世界を見ていたら、「うちの会社はかなりおもしろくない仕事をしているぞ」と気づきました。外の物差しを持っていたので、客観的に自分の置かれている状況を把握できました。

だからこそ、別の物差しの会社にいこうと決断することができたのです。

「プレゼンテーションの神様」ができるまで

プレゼンは僕の代名詞のようになっていますが、マイクロソフトに就職した時には特に得意意識は持っていませんでした。

マイクロソフトには、S(セールス)ロールとT(テクニカル)ロールがあり、Tロールの場合には必ず登壇の機会が与えられます。そのTロールだった僕は、入社1年目から舞台に上がっていました。

その後、2、3年経つと、ジリジリとプレゼンで評価されるようになっていきます。プレゼンが評価されるようになった理由は、「自分がわからないから」です。

自分がわからなければ、わかるように一生懸命自身に対して説明をします。その結果、わかりやすい言葉、わかりやすい表現を追求するようになるのです。

さらに、「Presentation(プレゼンテーション)」は、「ation」を取ったら「Present(贈り物)」ですよね。贈り物をするときは、「あの人はこれが好きかな?」「どれなら喜んでもらえるかな?」と相手のことを考えます。

プレゼンも同じです。聴講者のことを考えて、どうしたら理解してもらえるか、何をおもしろがってくれるかをとことん考えて、贈る。この姿勢があったからこそ、評価してもらえたのだと思います。

マイクロソフトの公式イベントでは、エグゼクティブ、ディベロッパー、開発者、IT専門家という4パターンのオーディエンスに向けてプレゼンを行います。

この4カテゴリ全てでトップを取った人はほぼいません。でも、僕はプレゼンを相手へのプレゼントだと思っているので、聴講者によって評価がブレることはありませんでした。その結果、全てのカテゴリで1位を獲得しました。

僕が、「プレゼンテーションの神様」とまで言ってもらえるようになったのは、2006年にビル・ゲイツの名前がついている賞「Chairman’s Award」を取ったことが背景にあると思います。

2万人ぐらいの前で表彰され、「マイクロソフトの澤」という覚えられ方ではなく、「ロン毛のプレゼンの人」というイメージを持ってもらえるようになりました。

結果的に、会社を辞めても、僕個人にオファーをしてくださる人がたくさんいる状態となっていきました。

やりたくないことをやめて、複業のロールモデルになる

僕が見る限り、「やりたくないこと」を続けている人があまりに多い。

やりたくないことはやめていいんです。僕は会社は嫌いではありませんでしたが、会社の仕事の中には僕に向いていない「やりたくないこと」がたくさんありました。

仕組みの中で生きるということは、どうしたって本意ではないことをしなければいけないんですよね。僕はそれを「やめる」決断をしました。

ちなみに、退職する前、社内での異動や転職も考えたタイミングがあったんです。

LinkedIn日本代表の村上臣さんと仲が良いんですが、チャットで彼に「空いているポジションある?」と尋ねて、「澤さんに合うのはない」という返事がきて、「うん、わかった。じゃ、独立するわ」「うん、それがいいと思う」とやりとりし、5分で転職活動はおしまいにしましたが(笑)

退職しても、マイクロソフトとの関係性が断絶するわけではありません。企業と正社員という関係性ではなくなりましたが、付き合いは続きます。

「やめる」というと、つながりをゼロにすると思う人もいますがそんなことはありません。角度を変えたり接点を変えたりし、やりたくないことをなくした上でつながっていけばよいのです。

会社をやめたことで大きなメリットもありました。会社の仕事がごそっと個人の仕事に置きかわったので量はほぼ変わっていないのですが、実働時間が3割ぐらいになったのです。

驚異の7割の時間カットに成功したわけです。会社員は間接業務が多すぎるんですよね。定例会議や移動など、価値提供につながらないことに時間をかけすぎている。

それらを全てやめたらどうなったかというと、労働時間は約3割になり、収入は3倍〜5倍になったのです。さらにいうと、オンラインで完結する案件は200%以上の増加となりました。

僕は会社員をやめて、今、複業のロールモデルになろうと考えています。

現在は、6法人と契約書を交わし、プラス琉球大学と武蔵野大学の客員教員、そして、自分の会社「圓窓」と9つのロールがある状態。複業のメリットは、様々な物差しを持つことができるということです。

やりたくないことは、やめていい。そうすることで、自分の人生の時間を最大限生かすことができます。グレートリセットが起きた今は、その絶好のタイミングともいえるのです。

澤円のキャリアモデルキャンバス

新卒で内定を辞退するところからはじまり、システムエンジニアになり、そして「プレゼンテーションの神様」と呼ばれるようになった澤氏。運命的にも思える同氏のキャリアはなぜ形成されたのか。

Value ─キャリアを通じて提供したい価値は?─
→自分の人生を自分でデザインする

「自分を商材にすることができる人を増やしたいです。キャリアも含めて自分の人生を自分でデザインすることの重要性を伝えていきます」

澤氏は、マイクロソフトへの転職、そして、重要なポジションにつきながらの退職・独立をグレートリセットのタイミングで行った。世界の価値観が覆るタイミングで大きくキャリアの転換を図る。そんな自身の経験から、「自分の人生を自分でデザインする重要性」を多くの人に伝えたいと考えたのです。

Customer Relationship ─周囲の人とどう接する?─
→全ての人にGiverであり続ける

「全ての人に、“Giveファースト”で接しています。常に、自分が何を提供できるかを考えています。Tedで有名なアメリカの心理学者のアダム・グラントは、『世の中の人は、Giver(ギバー)、Taker(テイカー)、Matcher(マッチャー)の3つのタイプに分けられる』と提唱しています。その中で、最上位のハッピーを感じられるGiverになることは非常に重要だと僕は思っています」

プレゼントすることが大好きだった澤氏は、「あの人はこれが好きかな?」「どれなら喜んでもらえるかな?」と相手のことを考えることが得意。「プレゼンテーションはプレゼント」の姿勢を持ち続けた結果、ターゲットをよく理解してわかりやすく伝えることができる「プレゼンテーションの神様」となったのだ。

Channel  ─自らの考えをどう届けている?─
→ありとあらゆるツールで自分自身を伝える

「SNSの投稿や取材の依頼があったら応えるなど多様な発信をしています。僕が発信しているのは“僕自身”のことです。そして、すべての人が自身をコンテンツ化できるという考えから、僕のオンラインサロンは『自分コンテンツ化プロジェクトルーム』という名称にしています」

たくさんのメディアで発信をしている澤氏のもとには、多くの人からキャリアの相談がくるという。その時に伝えるのは、複数の物差しを持つ重要性。たくさんの物差しを持つことで、自分のことも多面的に把握することができ、どうコンテンツ化すればよいかのヒントも見えてくる。

Customer Segment ─誰の役に立ちたい?─
→一つしか物差しを持っていない人たち

「物差しは一つではないと伝えることが僕の役割です。その事実を伝えることは、個人にとっても組織にとってもプラスになります。個人は自分自身の人生を思いきり生きられますし、組織は人材の流動性のメリットを享受することがでます」

新卒で入社した会社では内勤の社員がほとんど。その中で、外に出て様々な物差しがあることを知ったからこそ、澤氏はマイクロソフトへの転職の道を拓くことができた。自身の経験から、一つの物差しではなく複数の物差しを持って、勝負する重要性を伝えている。

Key Activity ─キャリアを通じて行っている行動や活動は?─
→アウトプットすること

「発信したり行動したりという“アウトプット”を重視しています。アウトプットをしている人間のところには、情報が集まります。アウトプットを続けることで、結果的にインプットの質が高まるのです」

澤氏はSNSや書籍などで多くの発信を続けている。その結果、独立前から「澤円」という存在を社会に広く認知されていた。こうしたアウトプットがあったからこそ、グレートリセットが起きたタイミングで、即座に動くことができたのだ。

Key Resource ─原動力となる能力やスキルは?─
→Giver気質

「僕はずっと『人の役に立ちたい』という渇望感が強くありました。子どもの頃はそれを満たすことができなかったんです。今、Giver気質を発揮して誰かの役に立てることが自分の幸せであり、原動力になっています」

今回のインタビューの際も、澤氏は取材陣に対して「これ飲む?」「これ撮影する?」とGiver気質を発揮。誰に対してもGiver気質でいることで、現在「マイクロソフトの澤さん」ではなく「澤円さん」という個人に対して多くのオファーが集まり、複業のロールモデルとなっている。

Key Partner ─自身のキャリアの重要な協力者は?─
かみさん(妻)

「かみさんは僕に対してGiverであり続けてくれています。かみさんが、自己肯定感の低かった僕を、この状態にまで導いてくれました。また、はじめて連載をするきっかけを得たのも、かみさんからの紹介からだったんです。僕にとって、かみさんは道を拓くキーパーソンでもあります」

「行動する」というアウトプットを続けてきた澤氏。だからこそ、自分のコンテンツ化をサポートする協力者と出会うことができたのだろう。Giverであることで、Giverが集うようになり、幸福度も高まっていく良い循環を生み出している。

Cost ─キャリアのために投資・犠牲にしていることは?─
→我慢はしない!鍛錬をする

「我慢はしません! 僕は我慢は徹底的に廃していますが、“鍛錬”はします。この2つの違いは、未来があるかどうかです。我慢はし終わった後に、ゼロに戻るだけ。一方で、鍛錬は技術が身についたりキャリアが拓けたりと何かしらのプラスが残るのです」

新卒の際の就社への拒否感など、澤さんは「我慢」を廃した人生を送ってきた。「やりたくないこと」は、やめていい。我慢ではなく、未来に何かが残る鍛錬の道を選ぶことが大事。実際に、澤さんはリスクがあるかもしれない中、システムエンジニアの道を選んだことで「先行特権」を得ることができた。我慢か鍛錬かの見極めは、人生において非常に重要なポイントだといえる。

Reward ─あなたは働くことでどんな報酬を得たい?─
→感謝とGiverの連鎖

「2つあります。1つめは感謝をされること。喜んでもらえると純粋に嬉しいです。2つめは、僕のGiveを受けた人が、Giverになって、次に誰かに贈っている姿を見ることです。Giveの連鎖を知ると、心からやっていてよかったと思います」

プレゼンテーションも本の執筆もGiveの連鎖を生み出すもの。澤氏の発信を受け取った人が、次の誰かへまた贈る。澤氏がGiverであり続けた結果、その連鎖はどんどん広がっていく。結果的に、澤氏は自身のキャリアを通じてお金だけではない報酬を得ることができているのだ。

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編集:野垣映ニ(ベリーマン)
執筆:佐藤智
撮影:湯浅亨

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