【森本千賀子】トップエージェントが語る「変化に強いキャリア」の秘訣

変動性が高く、不確実で複雑──。「VUCAの時代」という言葉に象徴されるいま、ビジネスパーソンを取り巻く環境は猛スピードで変化している。刻一刻移り変わるビジネスシーンにおいて、「変化に強いキャリア」をどう構築するか? 2000人以上の転職に携わってきたトップエージェントである株式会社morich代表の森本千賀子氏に、その秘訣を聞いた。

組織の中にいても「オーナーシップ」を取れる働き方

終身雇用や年功序列に代表される「日本型雇用」が終焉を迎え、本格的に一人ひとりが自らの力でキャリアを切り開いていく時代に突入しました。

社会環境においても「人生100年時代」の到来により個人の健康寿命はますます延び、定年後も雇用や起業という形で、「常に収入が得られる環境」に身を置く必要性も出てきました。

加えて、コロナショックによりデジタル化の流れが急速に広がる中で、いつ何時、自分の仕事やポジションがAIやロボット等に代替されるかも分かりません。

そのような状況に陥る前に早いうちからしっかりと意思を持ち、自分のキャリアを自己決定していくことが不可欠です。

会社から言われるままに経験やキャリアを積んでいくだけでは、仕事においても人生においても主導権を握ることができません。

組織の中であっても、自分自身でオーナーシップを取れる働き方をしていく必要があります。

森本千賀子 株式会社 morich 代表取締役
1993年リクルート人材センター(現リクルート)に入社し、1年目で営業成績1位獲得。全社MVP受賞するなど受賞歴は30回を超える。転職エージェントとして、これまで3万人超の転職希望者と接点を持ち、2000人超の転職に携ってきた。累計売上実績は歴代トップ。2017年3月に株式会社 morichを設立。エグゼクティブ層の採用支援を中心に、転職・中途採用支援ではカバーしきれない企業の課題解決に向けたソリューションを幅広く提案。現在は NPO法人理事や社外取締役、顧問などの複数のミッションのほかに講演・著書執筆など多方面で活躍中、パラレルキャリアを体現している。

社内で「あなたがいないと困る」という存在になれば、自分の意思で仕事が選べるようになります。会社としても辞められては困るので、異動や新たなプロジェクトへのアサインが実現しやすくなるんですね。

組織の中に居ても、自分がやりたいことが実現できれば、転職という選択肢を選ばなくてもよくなるかもしれません。そのためにも、自身のバリューを上げていくことが肝心です。

「変化に強い」こと自体が最強のスキルになる

そもそも「働くとは何か」ということを突き詰めて考えると、究極的には「命の投資」だと思います。

私たちは、働くことに人生の大半の時間とエネルギーを費やしていますが、意志をもって投資し、適切に回収できていない人が多いと感じています。

投資回収に当たるものは、目に見える報酬や待遇だけではありません。むしろ、目に見えないスキルや経験という形で回収することが、「変化に強いキャリア」の秘訣です。

仕事で様々な壁や困難を乗り越え、鍛えられることによって、「筋肉質」な自分を作る。その筋肉こそが、これからの時代にもっとも重要になる“ポータブルスキル”といえます。

というのは、現在ニーズが高いとされている資格や専門スキルを身に付けたとしても、変化のスピードが加速している今の時代においては、陳腐化する可能性があるからです。

専門知識やスキルを身に付けることに躍起になるよりも、「変化に対応できる力」をつけることの方がはるかに重要になっているのです。

そのためにも、特に20代など若い世代には、あえて変化の多い”逆境”に身を置くことを積極的にお勧めしています。

例えば、地方への転勤。本社で働く社員にとって地方への転勤は敬遠されがちですが、地方は人材やリソースが少ない分、業務の細分化が進んでいない傾向があります。

つまり、個人の裁量の幅が大きく、自らの力で課題に向き合い、解決していくことが求められる環境です。年次の浅い社員でも幅広いソリューションをもって活躍できるシーンも増えます。

関連会社や子会社への出向も同様です。人材も予算も潤沢でない中で、パフォーマンスを上げる工夫や努力は、何よりも自分にとって血肉になります。

大変かもしれません。しかし、格段に力が付きやすい環境だといえます。だからこそ、地方や海外への転勤を経験し、「変化に対応すること」は、特に若い時期ほど価値が高いのです。

成長が鈍化した時こそ、転職を考えるタイミング

ただ、どんな仕事もある程度経験を積んでいくと、成長が鈍化する時がやって来ます。いわゆる「成長の踊り場」というものです。

この踊り場の状態から抜け出すためには、今までとは異なる「非連続なキャリア」を自分で作り出すことが重要になります。

人事や上司がしかるべきタイミングで異動させてくれるならいいのですが、必ずしも目配りの利く会社ばかりではありません。自ら新しい部署に異動を申し出るなど、何らかのアクションが必要になってきます。

それが叶わない時こそ、いよいよ転職を考えるべきタイミング。「成長する手段として場所を変えたい」という前向きな動機は、その後のキャリアを広げるいい転職につながります。

私のところに転職相談に来られる方の多くは、「次の転職先は今の仕事の延長線ではなく、まったく新しいことがやりたい」と言います。

なぜなら、今と同じ仕事であれば転職先でも明らかに再現できるけれども、それでは成長が期待できないからです。

エグゼクティブクラスの方ほど、そうした非連続なキャリアを望まれる傾向が強いと言えます。

業種や職種の壁を超える「越境転職」が主流に

リクルートキャリアが行った過去10年間(2009~2018年度)の転職決定者のデータ分析によると、約7割(67.4%)が業種の壁を越える「越境転職」でした。

これらの結果は裏を返すと、企業側も転職者に対して業種・職種の枠を超えて、「越境採用」を積極的に行っているということ。

既存の社員にはないような新たなスキルや経験、発想を求めているということを意味しています。

転職を考えている多くの人が、「経験や知識がないと難しいのでは」と感じ、異業種・異職種への転職を躊躇してしまいます。

確かに法律や会計など専門知識がないと難しい仕事もありますが、多くの仕事は学習能力さえあれば後付けでも短期間でキャッチアップが可能です。

「飛び込む勇気と学ぶ意欲があれば、どこに行っても大丈夫」と思えるマインドのほうが実は大事。

そうしたマインドセットを若いうちに身に付けられると、可能性の幅がどんどん広がります。

転職先を見出すために整理すべき「WILL」「CAN」「MUST」

では、具体的にどうやって次の転職先を見出していくのか? 自分の「WILL」「CAN」「MUST」を整理することで、次の行き先が見えやすくなります。

「WILL」──自分がやりたいこと、なりたい姿
「CAN」──自分ができること
「MUST」──自分が経験してきたこと

この3つの重なるところが転職先としてふさわしいところになります。

ただ、先ほどもお伝えしたようにこれまでやってきたことやできること(CAN)ばかりを重視すると、なかなか成長にはつながりません。

まずは「自分はこれをやりたい」「将来はこうなりたい」という、「WILL」を重点的に考えていただきたいです。

「WILL」を見つけるためには、まず「自分を知る」ことが不可欠です。

自分はどういう人と一緒に仕事をするのが楽しいのか? どういうカルチャーだとワクワクできるのか? どういうシチュエーションだと成長感を感じるのか?

自分の価値観や志向性を探ることで、方向性が見えてきます。

自分の価値観を探るために、自身で黙々と内省するというのも大切ですが、それだけだと堂々巡りになる可能性があるので、壁打ち相手が必要です。

例えば、信頼できるメンターやキャリアカウンセラー、友人や先輩などもいいでしょう。そうした相手と話をしているうちに、「自分はこういうことがやりたかったんだ」と気づいていきます。

特にキャリアカウンセラーの場合は、会話の中でその人が何をしたいか、どうなりたいかという、「WILL」を引き出してくれる一方で、未来のゴールに到達するための様々なルートを示してくれるはずです。

ただ、キャリアカウンセラーと言っても、立場によっては、現時点で採用情報として持っている転職先につなげることが目的になりがちです。

最短かつ最善のルートを示してくれるので良い部分もありますが、選択肢が狭まる可能性も否めません。その点は注意しながら、自身の望むルートを選んでいくといいでしょう。

バリューを上げるためのキャリア戦略で大切な3つ

一方、自身のバリューを上げていくためのキャリア戦略として、「希少性」「市場性」「再現性」という指標もあります。

「希少性」──ユニークな経験や能力をもっているか?
「市場性」──市場から求められているか?
「再現性」──これまでの経験から何ができるか?

他の人がやっていない、やりたがらない領域にこそチャンスや活躍の場があるので、「希少性」を高めることはステップアップする上で大変重要です。

希少性は、いわゆる周囲が望む領域とは逆張りの場所で磨くスキル、また専門性と専門性の掛け合わせのスキルによって際立ちます。自分の得意分野を複数掛け合わせることよって、市場において「レア」な存在になります。

しかしながら、それが市場から求められているものでなければ、活躍する場が限られてしまう。そのため「市場性」も意識していきたいところです。

「再現性」は、これまでの経験を通じて担保される能力や実績です。

先ほどお伝えした「WILL」「CAN」「MUST」の3つと、「希少性」「市場性」「再現性」の3つを掛け合わせることによって、自身が本当に望む方向性が見えてくると同時に、よりステップアップできる転職が叶いやすくなります。

自分の物差しを作りつつ、世の中の物差しと図り合うことが、「幸せなキャリア」を築く上でとても大事です。

多くの人は、よりメジャーなところ、より年収の高いところというように、“競争ベース”でキャリアを考えてしまいがちです。それはある意味、指標が明確なので容易とも言えるでしょう。

なぜなら、自分が望む“ハッピーベース”でキャリアを考える場合、自分が本当に何を求めているのか、「ハッピーの物差し」から作っていかないといけないからです。

でも、そこを避けて通っていては、自分が真に望むゴールにはたどり着けないんですね。

ハッピーと言うのは、何も楽であることや心地よさばかりではありません。昨日までできなかったことができるようになることも、ハッピーの一つです。

エグゼクティブの上位10%に入っている人でさえ、「成長には終わりはない」「成長感以上の幸せはない」と言っています。

それは、単に過酷で苦しい環境に身を置けばいいというものでもありません。自分の心がワクワクしながらも、筋肉が鍛えられる場所はどこか? そうした観点で、この先のキャリアを構築していきましょう。

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編集:呉琢磨
執筆:伯耆原良子
撮影:岡村大輔